遺書を書き、致死量の薬を飲んだ過去【鎌田悠香子さんPart2】

2017.03.04公開 2017.04.22更新
 
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大学入学後、躁うつ病と診断

大学では心理学部に進みました。ところが、1年くらい経ったときに急に大学に行けなくなってしまったんです。

 

朝は起きられないし夜は眠れない。人前に出るのが本当に怖くて、家から出られませんでした。今思えば、そこが本格的に躁うつ病を発症した時期だったと思います。

 

当時、自傷行為をする自分を「どこかがおかしいんだ」と思っていたので、心理学に関する本などを読んで、「私は◯◯に当てはまるんだな」というのを勉強していました。

 

でも、病院は怖いし、病気だと分かって「自分が止まっちゃったら怖いな」っていう思いから、なかなか病院には足が向きませんでした。

 

 

“デッドライン”を少し延ばそう

それでもやっぱり、20歳くらいの時、強制的に止まらざるを得なくなって。ただ、自分で決めたデッドラインで、そういう状態になっても死ぬ勇気はありませんでした。

 

「じゃあ、死ぬ時期というか、文字通り”デッドライン”をちょっと延ばそう」と、大学卒業ぐらいにデッドラインを延ばすことにしました。

 

「22歳ぐらいまで、この状態が続くようだったら、本当に死んでも良いな」と思っていましたね。

 

そういう風に考えていたのが、大学2年生からでした。その時期は自分でもあまり記憶がないくらいでした。

 

 

二転三転する診断名

2回ぐらい心療内科を受診して、1回目の所では「統合失調症」と診断されました。

 

しかし、「それは違う」と思って、違う所に行ってみると今度は「今の段階では判断ができない」と言われました。

 

とりあえず、病院には通いながら、色々過去のこととか洗いざらい話しました。幼少時代のことや中学校のこと…。

 

すると先生が、「もしかしたら躁うつ病かもしれない」って仰って。

 

 

診断名がおりてホッとした

診断名がおりたことでホッとしました。枠にはまれたような感じがしたんです。それまでは、自分のことを頭がおかしいと思ってましたから。

 

でも、「躁うつ病なんですよ」と言われた時に、「じゃあ仕方ないか」っていう感じで割り切れて。

 

それまでは、自分が悩んでいることや辛いこと、自傷行為のことを親に一切言えなかったんですが、「これで言えるな」と思って伝えました。

 

でも言ったところで、あまり理解はしてくれなくて、親のほうが動揺しちゃって大変だったんです。

 

 

親は私の「混とん」を理解してくれない

実は、中学校の時に自傷行為を重ねていたのも、クラスでそういうのが流行っていたということもあったんです。

 

ある日、それに気づいた友人の母が、私の母親に連絡してきて「お宅のお嬢さんは大丈夫?」って。

 

その時も、母親は最初からすごい剣幕でした。「やってないわよね?」って、とても受け入れてくれる雰囲気ではなくて。

 

その時に、「親は自分の混とんとしている感じを分かってくれることはないんだろうな」っていう壁を自分で作ってしまったんです。

 

だから、その時も親に言うのすごく怖かったんですよ。

 

中学校の時に「受け止めてもらえなかった」っていう気持ちが強かったので、「またこれで、2回目拒否されたら…」と。

 

 

「なんであなたはできないの?」

でも、授業に出られなかったので、留年をお願いするために、病気のことを伝えるしかありませんでした。

 

親は「どういうことかきちんと説明しなさい」と、すごい剣幕でした。「病気だからしょうがないんだ」って言っても分かってもらえませんでした。

 

「他のみんなは普通に頑張ってるのに、なんであなたはできないの?」って。

 

そういうやり取りを繰り返しているうちに、「やっぱり親は分かってくれないんだ」という不信感が募っていきました。

 

 

遺書を書いて、致死量の薬を飲む

「これ以上頑張れない」という思いが強くなり、もらってた薬を溜め込んで一気に飲んだりしました。

 

ある日、「絶対に今日で終わらせよう」と遺書まで書きました。

 

「この薬を飲めばきっともう起きることはないんだ」と、致死量も全部調べて、万全な状態で臨んだのにも関わらず、翌日に目が覚めてしまったんです。

 

この時、どうやっても自分は死ねない気がして、疲れてしまいました。

 

 

無気力な日々を支えてくれた友人

それからは無気力な日々でした。別に楽しいこともなくぼんやり毎日を過ごしていて。ただ、そんな時でも周りが支えてくれてことはラッキーでした。

 

周りの人をすごく振り回していたので、離れてしまっても不思議ではなかったのに、ダンス部の同期や先輩・後輩も一緒にいてくれたんです。

 

特に、仲良し!という感じではなかったんですが、みんなどこか「生きづらい」と思っている人たちで。だから「別にできなくても良いじゃん」って励ましてくれました。

 

私が携帯も全部電源を切ったりしても、マンションまで来てくれて、何も言わずに、ただご飯作って帰ったり、本当に温かく支えてくれました。

 

 

「そういう日もあるよ」

当時、mixiで、

 

「自分がすごい嫌いだから、生きててもしょうがないんだ」

とか

「今日も薬を飲んでしまったな」

 

みたいなすごいことを書いていたこともありました。

 

それでも、みんな軽い感じで「おやすみ」って返してくれるんです。

 

「そういう日もあるよ」とか「これでよく眠れるね」なんて、ユーモアを交えて返してくれることもあって、そこでほっとできた部分がありました。

 

そんな時、ダンス部の主将に「今のお前の仕事は休むことだ」と言われたんです。

 

当時の私は、休むことが怖くて止まったらもう動けない感じがしていたので、限界をとっくに超えても、まだ頑張っていたんです。

 

でも、主将の言葉で「義務だから休まないといけない」と思えることができて。私の真面目な性格を逆手にとって言ってくれたんだと思います。

 

 

「留年」が教えてくれたこと

そういう周りの支えもあって、留年することにしました。それまでの私は「キャリアに傷が付かないように」と生きてきたので、留年なんてもってのほか。

 

でも、実際に留年してみると、意外と現実は何も変わりませんでした。

 

それどころか少しゆとりができて。その時初めて「自分のペースで生きても大丈夫なんだ」っていうことを実感しました。

 

「生きてるのもそんなに悪くない」と思えたんです。

 

留年したばかりの頃は、「みんなは社会に出て活躍してるのに私は…」という焦りもありましたが、みんなはそんな気にしていませんでした。

 

大学の友だちと会ってもギャップを感じることはありませんでしたし、あるがままの自分でいられたんです。

 

だから、「経歴なんてそんなに大したことないのかもしれない」、「私は私なんだ」っていう風に吹っ切れたのだと思います。

 

 

枠にはまらなくてもいい

その頃に受けたカウンセリングで言われたのが、「あなたは宇宙人なんだと思うよ」ということ。

 

「小さい頃から枠の中に、『はまらなきゃ』ともがいてきたけど、はまらないんじゃない?」「世間一般の流れに、はまれないんじゃないかな。宇宙人だから(笑)」って。

 

そのときに、妙に納得してしまったんです。宇宙人だったら逸脱していてもおかしくないし、他人と違うから死ぬっていうこともないしなって。

 

そこからカウンセリングに継続して行くようになって、みんなが自分と同じようなことで悩んでいたり、娘のことで悩むお母さんなんかもいて。

 

 

生きてて良かったと実感

いろんな話を聞いているうちに、

 

「そっか、親も分かんないんだ」

 

と初めて親の視点に気付いたんです。

 

それまでは、親ってなんでも分かってると思っていました。

 

でも、実は親も迷って、もがいていたことに気付けたことで、親に悪いことをしたなっていう気持ちや、感謝の気持ちが出てきたんです。

 

それが、23歳ぐらいの時。その頃から自分の考え方が180度変わって、初めて周りを見る余裕ができました。

 

初めて外を見た時に、自分はすごく周りに恵まれていたということに気付いて、

 

「もったいないことをした」

「生きてて良かった」

 

って実感したんです。

 

そう思えたことが自分でもすごく嬉しかったですね。

 

続きは、第3回へ

 

 

鎌田悠香子さんのインタビュー

【Part1】生きてる意味が分からなかった中高生時代

【Part2】遺書を書き、致死量の薬を飲んだ過去

【Part3】「今なら両親にありがとうと言える」

 

 

インタビューを受けてくださる方、募集中です

臨床心理士、精神保健福祉士、看護師、保健師、産業カウンセラー、支援機関の職員など、すでに多くの方にインタビューを行っています。ご自身が、有名かどうか、権威かどうかは関係ありません。

 

また、精神疾患などの当事者の方、メンタルヘルスや人間関係でお悩みの方などのインタビューも行っております。

 

これまでの経験・取り組みや、ご自身の想いを読者に届けていただき、Remeのミッションである「こころの専門家へのアクセスの向上」「こころの健康に関するリテラシーの向上」の実現のために、お力をお貸しいただけますと幸いです。

 

 

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