うつ病と診断。家族に呆れられ、家を出る【黒川常治さん Part3】

2017.02.18公開 2017.05.07更新
 
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うつ病と診断。休職へ

病院の先生には、「休んだほうが良いですかね?」という聞き方をしたんですよ。

 

そしたら「1週間とかじゃだめですよ」って。「1週間休んだぐらいじゃ全然良くならないので、1ヶ月とか3か月とか休んだほうが良いですよ」って言われました。

 

病院の先生に言われたことを会社にも何度か伝えて、僕の代わりになる人も調整をして、やっと1ヶ月だけ休暇をもらえました。

 

 

休暇は復職までのカウントダウン

休暇中は、僕なりに「場所を変えよう」と思って旅行したりしましたけど、休暇中もポケットベルは持っているし、結局、復職までのカウントダウンでしかないんですよね。

 

写真を撮るのが好きだったので、カメラを持って箱根などにも行ったんですけど、ロープウェイが怖くなっちゃって。

 

高い所が好きだったのに、高所恐怖症になったり、閉所が苦手になったりという傾向が出てきたんですよ。「昔は得意だったはずなのに、今はすごく怖い」っていう感覚が増えていきました。

 

そうやって過ごしているうちに、「あと、15日経ったら仕事しなきゃいけない」というようなことを感じ始めてしまい、休みと言っても、心が休まるなんていうのはありませんでした。

 

 

「じゃあ契約終了ね」

仕事に戻ってからは、休暇前の残っていた仕事から取り組み始めました。

 

僕の勤めた会社は、いくら売上げて、いくら会社に貢献して…という、その年の成果で契約を更改するシステムでした。

 

プロ野球選手みたいに、その年の成果を踏まえて、「次の年の年俸はいくらね」という条件が会社から、3月30日に提示されていました。

 

その契約更改の場で、「君には営業に行ってもらいたい」と。「営業としてもっと稼いでほしい」ということを言われたんですね。

 

僕は当然、デザイナーとして働きたかったですし、しっかり成果も出していたので「営業なんかやりたくない」という気持ちでした。

 

それでも「営業のみをやって欲しい」ということだったので、「できない」と言うと、「じゃあ契約終了ね」「明日からフリーだね」と。

 

4月1日から突然、フリーランスになり、その会社の仕事を継続する形になりました。労働基準法的にもあり得ない話ですよね。

 

 

スパゲティを吐いてしまった

フリーランスとして働きはじめて、カタログの仕事ももらいました。

 

カタログなので、商品の番号、名前、スペック、値段の定価、割引額などが、ずらっと表になっていて、それが何ページもあるわけです。

 

その資料を見ていた時に、急に気分が悪くなって、食べていたスパゲティを吐いてしまったんです。

 

うつ病と診断を受けていて頭痛や不眠などがあった中で、ただでさえ身体が重いわけですよね。そんな中、吐いてしまったというとこで、「これは危険だ」ということを体が反応したんでしょうね。

 

このことがあって、デザインの仕事を一旦止めるという決断をせざるを得なくなりました。

 

 

家族が住む所へ。しかし…

29歳になったとき、仕事を辞めて借りていたアパートも引き払って、家族が住む所にお世話になるという形を取りました。

 

でも、ゆっくりするなんていうのはできなくて…。兄と姉が住む所に戻ったのですが、僕のスペースは姉が使っている2段ベッドの下だけだったんですね。

 

2段ベットの下以外に、僕のパーソナルスペースはほとんどないわけですよ。プライバシーもないし、家族がうつ病を理解しているわけでもありませんでした。

 

その時は睡眠薬を飲んで寝て、なんとなく昼頃とか起きて、昼飯を食べる頃やっと起き出して、昼ドラを観ながら食事をするという、ダラダラとした生活しかできませんでした。

 

そのため、家族から言わせてみれば、「ただただ、だらしない生活をしていた」というわけですね。

 

 

文房具屋での仕事が良いウォーミングアップに

そんな中で、家族からは「いつまでもあなたを養っていけないの」「働きなさい」ということを言われるようになりました。

 

ただ、午前中から働くことは無理だったので、せめて午後からできて、週3日ぐらいから始められるバイトないかなと探していたら、とある文房具屋さんに採用していただきました。

 

それから少しずつですけど、午後からという形で文房具屋さんのアルバイトを始めました。結果的に、それが良いウォーミングアップになった気がしています。

 

しかも、文房具屋さんでしたので、僕にとって好きな書き道具に囲まれた職場で、とてもやりがいがありました。順調に働く日数も増えて、少しずつ朝も起きれるようになっていきました。

 

それでも、朝起きるのに時間がかかっていたので、母はそんな僕に呆れていましたね。

 

 

家を出ることを決意

「このまま家族と一緒にいても、良くなるものも良くならないんじゃないか」と思うことは日に日に増えていきました。

 

せっかく、文房具屋さんの仕事を通じて、体調も良い感じになってきたので、家を出るためにルームシェアなどについてインターネットで色々調べていました。

 

すると、当時の全国規模の家族会が、検索サイトを作っていて、各市区町村にある施設や色々な社会資源の説明を見つけました。

 

そこで、「グループホーム」というものを初めて知ることができ、調べては電話して、見学をして話を聞いてもらって…ということを繰り返していましたね。

 

そうしたら、国分寺市と狛江市にあるグループホームに空きがありました。どちらかを選べたんですけど、僕は懐かしさのある、風呂なしの狛江の古いアパートのグループホームを選びました。

 

そうやって、僕が色々なグループホームを見学して、家に持って帰ってくる資料を親や兄弟が見たりして、「そういう福祉施設が必要なんだろうな」ということが、うすうす分かってきていたようでした。

 

そのおかげで、家族の中でも少しずつ病気の理解が深まっていきましたね。

 

 

グループホームでの生活

グループホームに入所した時は、「ちゃんと休みたい」と思っていたんです。

 

でも、「仕事をやらないのであれば、作業所に通ってください」と言われて。それで作業所に入ることになり、初めて当事者仲間との世界に入った感じになりました。

 

グループホームに引っ越して、全然せかせかしてなくて、居心地が良く、流れてる時間の速さが非常にしっくりきていました。

 

夕食会で食べる食事は美味しいし、僕の通っていた作業所はパウンドケーキを作ったりもするんですけど、それを作るのも楽しくて。

 

あと、みんなで昼食会で一緒に料理を作りあったり、本当にグループホームでの生活は僕にとってやすらぎになりましたね。

 

ちょうどその頃、障害年金が通って、ある程度のお金もいただけたので、経済的な面もあって、ゆっくりできたのだと思います。

 

 

「二度寝」の爽快感

グループホームにいた時、作業所には遅刻せず通っていましたが、ある時、二度寝してしまったんですよ。

 

二度寝をして「しまった」と思ったんですけど、とても爽快感があったんですね。「これは今までになかったことだな」と思って。

 

「すみません、今起きました。遅れていきます」って電話をしてみても、作業所のスタッフの方は「はーい」という感じで、特別驚く様子もなくて。

 

この爽快感は、今までの僕になかったものでした。

 

この経験があって、「自分を許しても良いんじゃないかな」と思えるようになり、自分が変わり始めましたね。当事者性や病識を受け入れるタイミングにだったのかもしれません。

 

 

当事者グループとの出会い

僕の住んでた狛江の地域には、全国精神障害者団体連合会(全精連)という、当事者グループの全国版の事務局がありました。

 

そこで、コンピュータができる当事者で、狛江に住んでる人を募集していて。僕はコンピュータならできるし、電話相談員はやったことはありませんでしたが、「事務的なことに関してはできますよ」って言って、週3日働き始めました。

 

平日の残り2日は作業所で作業をするという形で、生活をしていました。そういうことをしながらやってたら、「クロカワさん、だんだん働いて調子良さそうだから、グループホームは期限もあるし、出たほうが良いんじゃない?」っていう話が出て。

 

でも、僕は頑なに、その時反発したんですよね。「出たくない」みたいな。

 

そこから一人暮らしって大変じゃないですか。連帯保証人のことやら、そうやって生活していくこととかっていうのが。そういうことを反発して時間延ばしてたんですけど。

 

 

ピアスタッフとして採用

狛江という地域でも、地域生活支援センターを作る計画が出ていたので、「どういったものを作ったら良いか」を話し合う勉強会にも参加するようになっていました。

 

勉強会などに参加していた時に、「スタッフ採用を考えているので、面接受けてみたらどうですか」という話があって。ピアスタッフとして働き出すことになったんです。

 

週3日は全精連、週2日は狛江の地域生活支援センターで働き出すことになり、ついにグループホームを退出することになりました。

 

続きは、第4回へ

 

 

黒川常治さんのインタビュー

【Part1】巣立ち会ピアスタッフになるまでの原点

【Part2】終電に間に合うはずもない仕事と心身の異変

【Part3】うつ病と診断。家族に呆れられ、家を出る

【Part4】「つながっていれば、なんとかなる」

 

 

インタビューを受けてくださる方、募集中です

臨床心理士、精神保健福祉士、看護師、保健師、産業カウンセラー、支援機関の職員など、すでに多くの方にインタビューを行っています。ご自身が、有名かどうか、権威かどうかは関係ありません。

 

また、精神疾患などの当事者の方、メンタルヘルスや人間関係でお悩みの方などのインタビューも行っております。

 

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