がん哲学外来とは?活動内容や当日の流れ、体験記を臨床心理士が紹介

2017.02.09公開 2017.04.11更新
 
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日本人の2人に1人はかかると言われる「がん」。医療の急速な進歩により、治る事も多くなりました。

 

それでも、がんは死亡原因の第1位でもあり、「がん=死」というイメージは未だに根強いものがあります。

 

今回は、家族のがんと向き合うために、臨床心理士さんが実際に参加した「がん哲学外来」について、ご紹介します。

 

 

がん哲学外来とは?

自分や家族ががんになって、はじめて”死”を意識する人も多いと思います。

 

がんになることで、

 

自分は何を人生の中で大事なものとしてきたのか

自分は今までどう生きて、これから残りの人生をどう過ごそうか

 

といったことを考え始める人も、かなりの数にのぼると言います。

 

けれども、治療にあたる医療者と患者・家族が、そのような深い悩みを共有することは、時間的にも労力的にも難しいのも現状です。

 

そのような医療の隙間を埋めるべく、患者・家族の心の叫びを患者・家族・医療者等が共有し、対話する場として生まれたのが、がん哲学外来なのです。

 

 

がん哲学外来ができるまで

がん哲学外来の提唱者は順天堂大学の病理医、樋野興夫(ひの おきお)先生です。

 

樋野先生は、病理医としての勤務の傍ら、がん患者・家族が、人間としての存在をかけた悩みを抱えていることに気づき、2008年に順天堂大学内に悩みを話す場を期間限定で設けられました。

 

すると、予約枠はすぐに埋まってしまい、キャンセル待ちが出る程の盛況ぶりとなりました。

 

樋野先生はそのようなご経験を元に、2013年にがん哲学外来の法人を立ち上げられ、樋野先生を中心に、同じ志を持つ方々と、日本全国にがん哲学外来を広げる運動が展開されるようになりました。

 

現在、開設されているがん哲学外来は日本国内に115箇所以上、新聞やインターネットをはじめとしたメディアでも、何度も取り上げられています。

 

 

がん哲学外来の対象とは?

がん経験者の方(現在闘病中・治療中・経過観察中の方)やその家族、また、身近な方をがんで亡くされた方、医療介護職についている方、宗教家、学生等、関心を持つ方ならば、どなたでも参加することができます。

 

 

がん哲学外来に参加すると…

がん哲学外来では、お茶を飲みながら、リラックスした雰囲気の中、日頃思っていることや、ご自身の体験を話したり、聴いたりします。

 

がん哲学外来に参加することで、気持ちの整理が出来たり、他の参加者と語り合う事によって、気持ちが楽になることがあります。

 

決して無理に話す必要は無く、他の参加者の話しを聴くことによって、ご自身の悩みを解消するヒントが見つかることもあります。

 

 

がん哲学外来に参加してみて

私は父親をがんで亡くし、父が亡くなったことで私の生活は、大きく変わりました。

 

元々、命がめぐる不思議さに関心があった私は、知人の紹介でがん哲学外来の存在を知りました。

 

「生きる」という根本に向き合うところに惹かれて、がん哲学外来に参加するようになりました。

 

私が普段参加させて頂いている、がん哲学外来は、月に数回、土日や平日夜に開催されていて、参加するのに特別な予約は必要ありません。

 

がん哲学外来の参加者は皆、自分の都合が良い時に来て、開催時間内なら早退・遅刻も自由です。

 

会場には、リラックスして座れるようなソファーやクッションが置かれ、お茶やコーヒー、お菓子などもあります。

 

がん哲学外来での約束事は2つだけ

1つ目は、自分が話したい事だけを話し、話したくないことは無理して話す必要は無いということ。

 

2つ目は、話したことは、がん哲学外来の中だけに留めておくこと。

 

それ以外は自由に、思ったことを語り合うことができます。

 

 

がん哲学外来が始まると…

毎回、最初は自己紹介から始まります。何度もお会いしたことがある方もいれば、初めてお目にかかる方もいます。

 

参加される方も、現在闘病中の方、一応治癒はして経過観察中の方、医療従事者や対人援助職の方など、様々な立場の方がいらっしゃいます。

 

人数もファシリテーターを含めて、ごく数人だけの時もあれば、クッションが足らないくらい、多くの方が参加される時もあります。

 

時に、空気が静まり返るような重い話がされることもあれば、にぎやかに笑いが飛び交う時間もあります。

 

私が、がん哲学外来に参加した初日。

 

自己紹介として、がん哲学外来に来た経緯を、故人で臨床心理士の河合隼雄先生の以下の言葉とともにお話ししました。

 

「のぞみはもうありません」

と面と言われ、私は絶句した。

ところがその人が言った。

「のぞみはありませんがひかりはあります」

なんとすばらしい言葉だと私は感激した。

このように言ってくださったのは、

もちろん、新幹線の切符売り場の駅員さんである。

 

 

希望の「ひかり」を

私たちの人生には思いがけないことがいっぱいあります。

 

がんを患う事もそうでしょうし、失恋、リストラ、様々なことがあります。

 

けれども、どんな絶望してしまいそうな状況にあっても、そこに光は必ず差し込んでいる。

 

そして、ともに分かち合い、励ましあえる仲間がいれば、私たちは何度でも立ち上がって前に進むことができる

 

私は、がん哲学外来に参加させて頂きながら、毎回そのようなことを感じ、がん哲学外来で元気をもらって、また日々の生活の中に帰って行きます。

 

お近くにお困りの方がいらっしゃれば、ぜひがん哲学外来について紹介してあげて下さい。

 

きっとその方にも希望の光が見えてくるのではないでしょうか。

 

 

【執筆者】

加藤たかこ 臨床心理士

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