不登校時代に自殺未遂したこと…『元不登校生が語る生きづらさ』【第2回】

2017.03.28公開 2017.04.08更新
 
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不登校経験者の間ではあるある話だが、不登校時代に自殺未遂をしたことがある。

 

死にきれなかった自分に対して、また自己嫌悪に陥った。

 

自殺未遂をした理由としては、

 

「誰も辛さをわかってくれない」

「死んだら、こんなに辛かったということをわかってくれるんじゃないか」

 

という気持ちだった。

 

当時は、「誰もこの世に味方がいない」と思っていたし、「みんな死んでしまえばいい」と思っていた。

 

死にきれなかった私は、机に彫刻刀で「死ね」と彫って気分を紛らわしたりしていた。

 

唯一、救われたのは愛犬の存在だ。

 

中学校2年生になる時に犬を飼い始めた。それまで動物に触るのすら怖かったが、この愛犬のお陰で動物が大好きになった。

 

アニマルセラピーは効果がある。

 

何故、人間よりも単細胞な動物が心を癒やしてくれるのかと言うと「ただ側にいてくれる」からだ。

 

「ただ何も言わずに側にいること」それだけで良いのにそれが出来ない親が多い。

 

うちの親は、どちらも貧しい家庭から苦労して這い上がってきたタイプ。自分にも子供にも厳しく、「世間一般的にはちゃんとしている」家庭だった。

 

しかし、蓋を明けてみると、父親も母親も両親からの真っ直ぐな愛情で育ってはいない。ちょっと屈折した愛情で育てられてきた。

 

人としては立派な両親で尊敬出来るが、親としてはダメな部類の親だった。

 

ただ、それも仕方ないとも言える。

 

自分たちも真っ直ぐな愛情を貰って育ってきていないので、子供に対する愛情の与え方がわからなかったのだろう。

 

貧困の連鎖のようなことは、家庭でも起きている。

 

うちの家庭は、父親が幼い時から単身赴任で離れて暮らしていたので、子育ては母親に任せっきりだった。

 

だから、家庭内では母親の存在がかなり大きかった。

 

不登校になる前までは、母親を尊敬していたし愛情も感じていた。

 

だからこそ、学校で居場所がなくなり、家庭という居場所を求めた時に、母親なら受け止めてくれるという期待があった。

 

それが仇となってしまった。

 

いざ、不登校になると信じていた母親の愛情は全く違ったものだった。

 

子供の現状よりも、親は「子供や自分たちが世間からどう見られるかを1番に意識」していた。

 

子供は基本的に学校と家庭の往復なので、大人よりも居場所を作りにくい。

 

私には弟がいるが、弟は不登校にもならかなったし、いじめも受けなかった。弟は学校という居場所があり、共同体感覚を作るのがうまかった。

 

共同体感覚は、アルフレッド・アドラーの心理学用語で、「他者を仲間だとみなし、そこに自分の居場所があると感じられること」だ。

 

この記事を読んでいる不登校の子や悩んでいる子で、学校も家庭でも辛く「死にたい」と思っているなら、居場所を探して欲しい。

 

居場所があるだけで、辛さはだいぶ軽減される。

 

そう言われても、居場所がどこにあるかわからないという人は、好きなことが共通する人を探してみるところから初めて欲しい。

 

 

17093950_1003469529753433_1551692855_n【執筆】

河合未緒

中学生で不登校を経験。その後、定時制高校を卒業し女子美術大学短期学部に進学。成功体験をちょっとずつ積みつつ、自己肯定を養っていくものの20代は生き辛さを感じる。30代になり悩んでいる子たちを救いたいと株式会社Marianneを設立。過去の体験からどう立ち直っていったかを伝える元不登校生のインタビューメディア「Load」と不登校生と親へ向けた悩み相談が出来るマッチングサイト「Clue」をリリース。

 

 

河合さんインタビューはこちら

【Part1】中学生で不登校に…原因や当時の様子とは?

【Part2】いじめも不登校もなくならない…元不登校生の想いとは?

【Part3】不登校を面白い人生の幕開けに。河合さんのこれからの挑戦

 

 

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