双極性障害で仕事に行けない…今大切にしている3つのこととは?【ざまにゃんさん】

 

今回は、双極性障害の「うつ状態」で仕事に行くことが困難になった時のお話しをします。

 

>>双極性障害の私が7つの仕事を経験して伝えたいこと【体験談まとめ】

 

当初は「うつ病」という診断だった

私自身が精神科というものに通院し始めたのは学生のころからでした。

 

それでも「希死念慮」、つまり「死にたい」という気持ちをはっきり抱くようにはなっていませんでした。

 

そして当時はまだ病名も「双極性障害」ではなく、「うつ病」でした。

 

通院を続けてやがて寛解状態となり、普通に生活できるようになりました。

 

 

「私なら何でもできる」の怖さ

新しく仕事に就いてそれまで感じることがなかった、希死念慮を感じるようになったのが22歳の頃。接客・販売のお仕事に就いていた時です。

 

仕事に就いてすぐ感じたわけではなく、最初その仕事ではとてもやりがいを感じていました。

 

販売ですので、売り上げの目標数値が毎日ありました。

 

それでも毎日楽しく、お客様やスタッフと笑って仕事をしていました。

 

今から考えると、鬱へのトリガー、つまり引き金は双極性障害Ⅱ型特有の「軽躁状態」による 「私なら何でもできる!」という自信からくるものだったように思います。

 

「何でもできる!」と思った結果、休みなく働き続け、販売ノルマがあっても「楽勝楽勝♪」と楽々こなしていたように思います。

 

ですが、それは本来の自分ではなく、「何でもできる気でいる私」だったので長くは続かず… およそ2か月でガス欠状態に陥りました。

 

この2か月間は人員が足らず、月に2日だけの休みだったり、そんな勤務でしたが苦ではなかったように思います。

 

しかしガス欠になってからが辛く、けれどまだ人員の補充はできていませんので、辛かろうと何だろうと出なければいけません。

 

 

朝が苦手に…笑顔が苦痛に…

最初は朝が苦手になりました。

 

元々、朝に強いほうではなかったのですが、軽躁状態の時にはずっと元気だったので(それこそ寝なくてもいいくらい)、朝が辛いなんて思ってなかったのです。

 

それが朝起きられなくなり、ギリギリに出勤するようになりました。

 

そしてあんなにあったやる気はすっかり形を潜めて、販売員に必要な「笑顔」でいることが苦痛になっていきました。

 

ですが販売ノルマは問答無用で課されますし、お客様も待っています。

 

「休む」という選択肢は私の中には無く、脳内では

 

「まだやれる」

「まだ頑張れる」

「まだ大丈夫」

 

そんな言葉でごまかしていました。

 

ですがそれも長くは保てず…そして脳内をいつの間にか「死にたい」が埋め尽くすようになりました。

 

 

希死念慮を医師に言えなかった

常に脳内で「しにたいしにたいしにたい」とタイピングで打ち込んでいるような感覚です。

 

もう夜もほとんど眠れず、辛いだけの日々になったため、精神科へまた通院するようになりました。

 

夜も眠れずに、仕事も休めず、笑えないんですと伝えると、お医者さんに、 「疲労困憊状態だね」と言われ、あぁそうか、疲れてるんだ、と何となく思いました。

 

感情なんてもうなかったのです。

 

お医者さんに「希死念慮」に関しては言えませんでした。

 

言ったらもういろいろと終ってしまう気がして…。

 

今までのすべてを否定して、周囲の人に迷惑がかかる気がして…。

 

そうこうするうちに精神科に通院して、カウンセリングしてという生活が半年以上続きました。

 

カウンセリングは何も話せないまま終わっていたりしていました。

 

 

限界が来て、2ヶ月間の休職

気がついたら泣いていたり、ご飯もろくに食べられなくて、寝られなくてという日々にも限界が来ていました。

 

お客様もスタッフも心配するようになって、仕事には行っていましたが、はっきり言って仕事と言えるような仕事は出来ていませんでした。

 

数字も出せていませんでしたし…。そんな状態でしたので、病院に行って、先生に 「死にたいっていうのが頭から離れないんです」 と伝えました。

 

そうすると先生は、すぐに診断書を書いてくれて、 「これを出してすぐに仕事を休みなさい」 と言って「休養が必要なんだよ、休みなさい」と諭してくれました。

 

先生が言ってくれたようにすぐ電話をして2ヶ月休職しました。

 

普通の会社ならきちんと書類を作成して休職だと思うんですが、人員が不足していて、退職されるよりは休職でも戻ってくるのならいいという判断だったんだと思います。

 

そうして、どうにか休養期間は手に入れたのでした。

 

 

今大切にしている3つのこと

今思えば 「時すでに遅し」なのかもしれませんが、「仕事に行けない」「仕事に行くのが辛い」と思った時点から、行動の分岐点がいくつかあったように思うのです。

 

 

気分が下がってきたと思ったら

「朝が苦手だ」とか「いつもと違う」と感じた段階で頑張ることはやめて、病院に行ってみることをしていたらよかったなと思います。

 

私の場合、この最初の違和感から一気に転落していきました。

 

なので、今では上記のような「違和感」を感じたらすぐに先生に伝えるようにしています。

 

 

「まだ大丈夫」と自分に言い聞かせていたら…

本当に大丈夫な人は、周囲から「大丈夫?」とは聞かれないし、「まだ大丈夫だ」なんて言い聞かせたりなんかしません。

 

この時点でもう「大丈夫じゃない」と考えを切り替えて、上司に相談したり、医師に相談するべきだったように思います。

 

 

「死にたい」が頭に浮かんできたら…

「希死念慮」を抱いた時点ですぐに医師にかかるべきでした。

 

本当にこれは思います、すぐに言えばよかったと。

 

辛く険しい思いが続けば続くほど、上昇するにも時間がかかります。

 

なかなか言える言葉じゃないです。 けど、死にたい気持ちが強くなればなるほど、辛いのは自分と周囲です。

 

当時の私は、「仕事へ行くこと」と「死ぬこと」を天秤に毎日かけて、「仕事へ行くこと」を一応は選んでいました。

 

けれど「死ぬこと」の方へ少しでも天秤が傾いていたら??

 

今もうつ状態になると、死ぬことを考えることは正直あります。

 

ですが、医師にもしっかりかかっていますし、何よりストッパーとなってくれる家族がいます。

 

今の私にはそれが一番大きな生きていく軸になっています。

 

 

さいごに

まとめると、ポイントは

 

・分岐点を見極める

・「まだ大丈夫」は大丈夫じゃない

・死にたいと感じたら迷わず病院に行く

 

私の場合はこんな感じです。

 

軽躁状態からうつ状態へ転落した時のあの絶望感は味わいたくないものですが、軽躁状態になってしまったら、待っているのはうつ状態です。

 

現在も就職中なので、日々のコントロールに悩まされる毎日です。

 

同じように感じる方、毎日辛くて辛くて仕方ない方、ひとりじゃないです。

 

次回は、退職した時のお話しをしたいと思っています。 それでは、ざまにゃんでした。

 

>>双極性障害の私が7つの仕事を経験して伝えたいこと【体験談まとめ】

 

【書いた人】

ざまにゃん さん 猫と占いが好き

blog: http://kimagurehoney.seesaa.net/

 

 

ざまにゃんさんの連載一覧

【Part 1】双極性障害で仕事を転々…30歳女性視点でリアルを伝えたい

【Part 2】双極性障害で仕事に行けない…今大切にしている3つのこととは?

【Part 3】双極性障害で仕事を辞めたタイミングは?会社にはどう伝えた?

【Part 4】双極性障害と仕事。職場や家族で嬉しかった3つの配慮って?

【Part 5】双極性障害と仕事のミス…今だから分かるミスの傾向と対策とは?

【Part 6】双極性障害で7社経験してわかった働ける仕事、働けない仕事とは?

【Part 7】双極性障害でも安定して働く!ワタシ的理想の職場・仕事内容とは?

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