メンタルハッカーの素顔。八方美人の自分を捨てられた理由【ほっしーさん】

2019.01.02公開 2020.04.22更新

転校先でヤンキーに弟子入り

その高校は偏差値が無いようなところでした。

 

つまり入学試験がない。まだ学校法人になったばかりで、もともとはフリースクールだったんです。

 

たくさん生徒を受け入れたいという状態だったので、簡単に入れると思って、見学も行かずに決めました。

 

入学して初めて学校に行くと、ヤンキーとオタクしかいない学校でした。

 

振り幅が極端ですよね。笑 僕は人に合わせるばかりだったので、どっちでもなかったんです。

 

ゲームは好きでしたが、声優や2次元キャラクターの女の子のオタクだったんですよ。

 

ヤンキーの方は、(少年院あがり)とか本当にヤバい感じで…。

 

「ダメだ!」と思いましたが、自分は周りと合わせるタイプだったので、わりと上手くやれたんですよね。

 

最初は、先輩に弟子入りするみたいな感じで、ヤンキーに染まったんですよ。

 

でも、見た目は今とそんなに変わらない感じでしたし、ヤンキーになりきれてない自分がいました。笑

 

一応、ケンカの現場には行くけど、先輩にバレないように、影のほうからそっと見ているとか。

 

まぁ、一回しか遭遇してませんけど。笑

 

基本的にそういう痛いことしたくないんです。好きじゃないし怖いし。

 

それで途中でヤンキーのグループからは抜けました。

 

071

 

 

ある一人の声優にハマる

その後、どっちかのグループにいないと居場所がないと思い、オタクグループに行きました。

 

ヤンキーからオタクになったわけです。笑

 

オタクのグループでも、そんなに面白いと思わないアニメもとりあえず観て、周りと合わせる感じで過ごしていました。

 

アニメオタクだった時代があることは、自分のブログにも書いているんですけど、書いていない話がひとつあって。

 

ある一人の声優にハマったんですよ、めちゃくちゃ。

 

水樹奈々さん。

 

今は有名ですよね。その当時は全然有名じゃなかったんですよ。テレビとか出てないし、本当に声優しかしていない。

 

「歌声が好きだな」と思って結構ハマっていったんです。ライブにも何度か行きました。

 

ブログで、水樹奈々さんのことを言えないのは、もし「これの何がいいの?」とか言われたら、たぶん本気で凹むからなんです。

 

自分のパーソナルな部分の1つなので、どこかで話したいとはずっと思っていたんですよね。

 

話は戻りますが、オタクグループでは、「水樹奈々が好き」という一点だけは共通していました。

 

なので、水樹奈々の会話のときだけは、素の自分というか、あまり取り繕っていなくて、楽しく過ごせていましたね。

 

でも、やっぱりちょっとぎこちなさはあったんですよ。

 

本当にオタクなので、コミュニケーションがあまり上手くとれないというか。

 

そういう両極端な環境を経験する中、

 

「どうやって自分は普通でいられるか」

 

と考えるようになっていました。

 

032

 

コンプレックスだったホクロ

人に合わせるのではなくて、どうやったらもっと普通でいられるかなと思って、自分に自信のない原因を考えたんです。

 

これはブログにも書いたんですけど、顔に大きいホクロがあることがすごく嫌で、自信が持てない原因と思っていたんですよね。

 

パッと見てすぐ、「この人、ここに2つホクロがあるな」と見えるくらいの大きさだったんです。

 

49115087_273725856626699_5843776663791337472_n

 

それで、ホクロをレーザーで焼き切ったんです。あれ、すごいですよ。「シュッ」で終わりなんですよ。それでホクロが消えるんです。

 

1年くらいは跡は残るんですけど、「ついに、ホクロを取ったぞ」と。

 

高校の残りの1年は「お前、ホクロ取ったやーん」とかイジられるのを我慢しようと思っていたら、衝撃的なことが起きたんです。

 

誰も気づかなかったんです。ホクロを取ったことに。

 

069

 

高校でも、ホクロはイジられていたんです。そのときは多少耐える力があったので、イジられても学校に行っていたんですけど、

 

「お前、ホクロ取った?」とか誰も言わないんですよ。

 

普段、喋っている友達や先生も誰も何も言わないんです。

 

一番ショックだったのは、そのとき付き合っていた彼女や親父も気づかないのか、全然ホクロのことを触れてきませんでした。

 

そのときに、

 

「自分が思っているよりも、他人は自分に興味がない」

 

ということを身をもって感じたんですよね。

 

そこで、一番ガラッと変われたというか、今までの八方美人の自分を一気に捨てられたんです。

 

今まで人に合わせるばっかりの僕が、急に180度、人が変わった感じになるので、何を言われるのかという怖さはありました。

 

実際、「何かあった?」「変わったよね」と言われましたが、最初の1日2日くらいで、1週間もするとみんな慣れてくるんですよね。

 

おかげで、それまでに比べて、生きやすさは増えました。

 

それでも自分を押さえつけていた期間が長すぎて、全然自分を解放し足りないという感じではありました。

 

 

素の自分がウケた大学時代

「もっと自分を出したい」という勢いそのままに大学へ行くと、自分を出しすぎるキャラがウケたんですよね。先輩にも言いたい放題言ってました。

 

「北九州出身だし」みたいノリでガンガン言いたいことを言うのを面白がってくれて、大学の4年間は本当に楽しく過ごしました。

 

ただ、冬になると調子が悪くなる自覚はありました。

 

11月を過ぎて、冬至まで体の調子が下がり続けて、冬至を超えるとまた調子が上がっていくという…。

 

その頃は、まだ自分がうつ病だとは全然知らないときだったので、「なぜか冬場になるとエネルギーが切れる」くらいでした。

 

学校は普通に行くんですけど、「理由なく何もしたくない」という状態が冬だったんですよね。

 

日常生活に影響が出るほどではなかったですし、周りの環境も良かったんだと思います。

 

一人暮らしをしていたんですけど、家からすぐのところに、一番仲がいい奴の家があったんですが、10人くらい集まって、みんなで朝までゲームしてみたり。

 

「授業に出る奴は負け」みたいな感じで、ちゃんと卒業したのは僕を合わせて3人でした。笑

 

075

 

内定先は「サイゼリア」

さすがに、就活しないとヤバいと思って、卒業するための単位はしっかり取れたのですが、結局、就活はあまりやる気がなくて…。

 

「楽しいことばかりしていたい」という夢見がちな性根が全然抜けませんでしたね。

 

就職は一応、決まったんですよ、サイゼリヤに。そこしか受からなかったんです。笑

 

就職試験のSPIがもう全然できなくて。

 

今でこそ、ブログやTwitterで発信していると、「頭、良さそう」とか言われるんですけど、偏差値35しかないんですよ。

 

小学校から、まともに学校に行ってないじゃないですか。中学校も支援教室でほとんど授業が無いんですよ。

 

社会復帰させることが目的なので、あまり勉強していないんですよね。ヤンキー高校の時も、本当に勉強をしなくて。

 

それでも、改めて将来のことを考えたとき、親父が大手電機メーカーのシステムエンジニアということもあって、「システムエンジニアになりたい」という思いが強くなってきたんです。

 

それで何とか親に頼んで、大学卒業後、システムエンジニアになるための専門学校に行くことにしました。

 

>>【Part2】引き寄せの功罪。上司の家で「もう死にます」と泣いた日

 

008

 

>>『ほっしーのメンタルハック』

シェア
ツイート
ブックマーク

近藤雄太郎

Reme運営

インタビューのご希望の方はこちら

  • 本コンテンツは、特定の治療法や投稿者の見解を推奨したり、完全性、正確性、有効性、合目的性等について保証するものではなく、その内容から発生するあらゆる問題についても責任を負うものではありません。
  • 本記事は2019年1月2日に公開されました。現在の状況とは異なる可能性があることをご了承ください。

関連記事