フィジーと栃木での出会いと本音を話せる初めての存在【竹内瑠美さん】

2019.04.01公開 2019.04.02更新

「小さい世界に生きていたんだな」

19歳くらいのとき、思い立って1人でフィジーに行ったんです。

 

「大学受験ができなかった」とずっと悶々としていた時期だったんですが、バイトなども始めるうちに、海外ひとり旅もしてみようと。

 

不安もありましたが、フィジーという国も幸福度がすごく高いらしく、その旅の中で出会った人たちが自然体でキラキラして見えたんです。

 

「私なんて、大学受験ができなかったことでウジウジしているのに、この人たちは素敵だな」とすごく思えたんですね。

 

「私が全然知らない世界ってあるんだな」

「小さい世界に生きていたんだな」

 

と実感したときに、前向きになれるきっかけをもらえた気がしたんですね。

 

移動中も不安を感じることが多かったんですが、人との出会いによって価値観が変われた経験だったと思います。

 

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>>【Part1】父の自殺。母との関係。生きている気がしなくなった17歳

>>【Part3】「こうやって今、ちゃんと生きているから大丈夫だよ」

 

次のターニングポイントは、住み込みで栃木で働いていた20歳頃の時期です。

 

そこでもすごく良いメンバーに恵まれて、初めて人に心を開けた感覚を持てたんです。自分の世界が広がったというか。

 

学歴とか関係なく、自分の好きなように生きている人たちばかりで、「こういう自由な生き方もあるんだな」と。

 

そのときも、仕事はビクビクしながら接客していましたが、価値観がすごく広がったし、何より超楽しかったですね。

 

 

オーストラリアでドクターストップ

その後、オーストラリアにも留学に行きました。

 

留学に行くために親戚にお金を借りていたこともあり、「勉強しなきゃ」というプレッシャーを自分に課してしまっていました。

 

「オーストラリアで何か身につけなければ、私には価値がない」

 

といった価値観はずっと根底にあって、1年行くはずだったのに3ヶ月くらいで、案の定ドクターストップに。

 

医師に「帰国しなさい」と言われて、すぐ日本に戻ってきちゃったんです。

 

自分を責める日々がずっと続きましたね。

 

 

親に見せる顔がない…

毎日、「死にたい死にたい」ばかり言っていたら、当時同棲していた彼氏にもフラれて、さらにガツンと落ち込みましたね。

 

「もう、どうしていいかわからない」と、ズーンとなってしまって…。

 

親に見せる顔がないなとも思いました。

 

「実家に戻る」と言っても「あんた何、勝手なことをやっているの」と許してもらえないだろうな、と。

 

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でも、実際は逆でした。

 

母は「すぐに戻ってきなさい」って言ってくれて。

 

「許してもらえたんだ」と、そのときにすごくホッとして実家に戻った記憶があります。

 

親も、少しうつっぽくなった時期があってみたいで、「気持ちがすごくわかった」と言われたんですよ。

 

「こういう気持ちになるんだね」

「今まで、その気持ちが全然意味がわからなかったけど、本当に何もできないね」

 

と、ちょっと分かり合えた気がしましたね。

 

 

デザインの仕事を始める

そこから、今の仕事に繋がるんですけど、住み込みのときの思い出を自分で動画編集して、みんなに配ったんですね。

 

そしたら、すごく喜んでもらったんです。

 

昔からパソコンをいじるのも好きだったし、クリエイティブ系の仕事がしたいなと思って、会社を探し始めました。

 

最初はアルバイトで、未経験だったので細々した作業の繰り返しでしたが、メンタル的には単純作業が逆に良かったですね。

 

上司の方もすごく良い人で、怖さが一切ない、ほわっとした良い人で、「いいよいいよ。休んで」と言ってくれる存在はありがたかったです。

 

でも、やっぱり自己肯定感はずっと低くて、「やらなきゃやらなきゃ」という焦りもありました。

 

あとは気分の上がり下がりがすごく激しかったです。

 

「自分はすごい」「やれる! 」と思っていたら、突然ガクッとパワー切れして、全然動けなくなって何もできないってなったり。

 

落ち込んで、ダーンってなっているときは、死にたいと思ったり何もできないし…。

 

「どうしよう。このままこれが一生続くのかな」という不安になり、気分が上がれば「めっちゃやるぞ! 」と、躁うつっぽい感じになっていました。

 

 

「普通になりたい」

最初に入った会社を辞めた後も、フラフラと色んな会社を渡り歩いていました。

 

最終的に落ち着いたのが、知人のツテで入社したベンチャー企業で、3年ほど働きました。

 

「やれることは何でもやって」みたいな環境の中、アルバイトから正社員にもなり、3年続いたことは自信になりました。

 

「普通になりたい」というのが私の中で正社員だったんですが、正社員になっても自己肯定感ってそんなに上がらなかったです。笑

 

むしろタスク量が増えて、気分にも波があって、怒られていないのに、常に人に怒られているような感覚もあって、メンタルを崩したんです。

 

実際は違っても、人にずっと責められていたり、誰かに監視されている感覚が止まらなくなってしまって。

 

自分の勘違いだとは分かっているのですが、会社に行くのが怖くなってしまい、辞めることにしました。

 

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ただ、辞めた後も「やらなきゃ病」は消えなかったし、「働いていない自分はクズだ」という思いも消えませんでした。

 

特に、辞めたてのときは、

 

「また、メンタルがきっかけで辞めてしまった」

「放り投げるように辞めてしまった」

「何度繰り返せば気が済むんだ」

 

と、すごく自分をずっと責めていました。

 

その時期を支えてくれていたのが、夫でした。

 

 

本音を話せる初めての存在

夫と出会ってから、すごく体調の波の強弱が減ってきましたね。

 

今までは、彼氏がいても自分のうつっぽい面が出て来るたびに別れていたんです。

 

自分のうつっぽい状態を見せるのが怖いのと、「たぶん嫌われるろうな」と勝手に想像して、こっちから別れたり。

 

その点、夫には仕事を通じて、自分の「底辺」を見せた状態からのスタートだったで、それが良かったと思います。

 

気分の上下に関係なく、「本音を話せる初めての存在」。

 

あと、良い意味で人の評価を気にしないんですね。

 

「人の評価は、自分の尊厳を落とすものではない」

「相手が何を思っていても、自分は生きていていい」

 

という、ポリシーというか自己肯定感がしっかりしている人で、私と真逆なんですよね。

 

「こういうときにこう思ったんだけど、あなただったらどう考える? 」という会話によって、私にない夫の良い部分を少しずつインストールさせてもらっています。

 

 

一番大きなターニングポイント

あとは、私のことを定点観測してくれる人がいるというのは安心感になっています。

 

例えば、落ち込んだときって「前に戻った」「進んでいない」と感じてしまうんですね。

 

「ああ、私また落ち込んでダメだ」って思っていても、他者からは前の落ち込みよりは全然良いように見えることもあるらしいんですよ。

 

「この前の『今日、気分悪い』より、全然いいよ」って。

 

自分ひとりでは全然気付かない、客観的な視点で見てくれる存在は大きいですね。

 

あとは、否定を絶対しない。言ったことをちゃんと受け止めてくれる安心感もあります。

 

私の気持ちを1回受け止めた上で、「僕だったらこうかな」と。それで傷ついたことはたぶん1回もないですね。

 

夫との出会いは、やっぱり一番大きなターニングポイントです。

 

>>【Part1】父の自殺。母との関係。生きている気がしなくなった17歳

>>【Part3】「こうやって今、ちゃんと生きているから大丈夫だよ」

 

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  • 本コンテンツは、特定の治療法や投稿者の見解を推奨したり、完全性、正確性、有効性、合目的性等について保証するものではなく、その内容から発生するあらゆる問題についても責任を負うものではありません。
  • 本記事は2019年4月1日に公開されました。現在の状況とは異なる可能性があることをご了承の上、お読みください。

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