周囲が冷たい、肩身が狭いと感じたことはある?
近藤
「自分は一時的に病気なだけなんだ」と意固地になってしまうのは、世間的に精神疾患への理解が足りず、居心地が悪いからなのかとも感じます。
岡本先生はうつ病、松浦さんは双極性障害と診断された過去をお持ちですが、実際に周囲や社会が冷たい、肩身が狭いと感じたことはありましたか?
岡本さん
中学生のときにうつ病を発症したときは、精神科の先生にすら
「それくらい乗り越えなくてどうするの?」と言われました。家族にも、
「情けない」と…。
周囲に相談したら、自分がさらに傷つくんだと思ってしまったんです。
近藤
精神科の先生にすら理解してもらえないというのは、絶望感がありますよね…。
岡本さん
診察中に本音を話すこともできずに、当たり障りのないことを言って薬だけもらうこともありました。「大丈夫です」と言って診察を終わらせたり。
全然、大丈夫じゃなかったんですけどね。
岡本さん
そうですね、弱音を吐くと怒られたので…。
食事も喉を通らない状態で、吐き気が止まらずに夜中に泣いているときに、両親から「なに泣いてるんだ!」と責められたこともありました。
岡本さん
まさか、自分の子どもが精神疾患だとは思っていなかったんだと思います。考えたくなかった、という面もあったのかもしれないですね。
近藤
周囲のサポートがない状況で、自分の苦しみが楽になったタイミングはあったんですか?
岡本さん
自分の中で、もやもやした気持ちを消化することができたのが、とても大きいですね。うつ病を発症したばかりのころは、
自分の中でなにが起きているのかまったく理解できなかったんです。
精神疾患と聞くと、「こわい」「くらい」「おかしい」というイメージがある方も、きっといると思うんです。私も、うつ病になるまでは自分とは関係ないものだと思っていましたから。
最初のうつ病を発症した中学生時代を振り返る岡本先生
岡本さん
自分がうつ病になって、こうして精神科院長としてたくさんの患者さんと関わる中で、
精神疾患はとても身近なものだと思うようになりました。特別なものではないんですよね。病気の知識があれば、対処することもできます。
周りが理解してくれるかどうかも大切ですが、自分自身が病気をどう受け止めるかのほうが、今の私にとっては重要なんです。
近藤
自分の中にあった
「精神疾患は特別なもの」という偏見が、経験の中で
「日常にあるもの」に変わったんですね。
松浦さんは、ご自身が双極性障害と診断されてから、周囲が冷たいと感じたことはありますか?
松浦さん
以前の職場で休職をして復帰したときに、代表に「もう大丈夫だよね?」と言われたことがあって…。もう休まないよね、という意味だと感じました。
人数も少ない会社だったので、自分が抜ける穴も大きいとわかってはいたんです。ただ、なにかあればすぐに休職する人間と見られているのかなと、複雑な気持ちはありました。
松浦さん
1ヵ月ほどです。そのときはうつ病と診断されていたので、うつ病の治療としてその期間休ませてもらいました。
近藤
1ヵ月も休ませてもらったと思う一方で、その期間では良くならないだろう、とも感じてしまいますが…。
松浦さん
まぁ、そうなんですよね(笑)
休職期間で寛解まではいけずに、結局再発してしまったんです。また休職したいと言える空気でもなくて、最終的にはその会社は退職しました。
近藤
会社の中で、周囲のサポートはなかったんですか?
松浦さん
復帰して最初のほうは、上司が「松浦をカバーしていこうな」と言ってくれたりもしたんです。ただ、数ヶ月も経つと休職前となにも変わらない状況になりました。
休職もあまり前例がない会社だったんですよね。長く休みたいなら辞める、みたいな。じっくり病気を治していこうと思える環境ではなかったです。
僕も、休職させてもらった分、仕事で結果を出してアピールしていかないと!と焦ってしまって。悪循環でした。
近藤
会社としては、「1ヵ月も休ませてあげた」と思っていそうな反面、ご本人的には「1ヵ月で治ったら苦労しない」と感じる部分もありそうで…。
お互いの意見のズレって、どうすればいいんでしょうか?
松浦さん
自分は気持ちを溜め込みやすいタイプなので、
声かけや定期的な面談があると、楽だったのかもしれないと思いますね。
気持ちを話す時間を、自分で作るのって大変じゃないですか。「自分の話を聞いてもらえる時間がある」と思うだけで、肩の力が抜けることもありそうですよね。
ただ、僕は前の会社を退職してしまっているので、理解されなくて崖っぷちになるなら、その場から去っていいと思います。無理して潰れてしまう前に。
メディアでの精神疾患の報じ方に思うことはある?
近藤
テレビや新聞でニュース報道をみていると、事件の加害者の精神疾患がクローズアップされることもあります。中には、精神疾患に対しての過激な意見が、ネット記事のコメントにあふれたり…。
メディアの報道について、なにか思うことはありますか?
松浦さん
そもそもの話として、偏見がないものがこの世にあるのかな?とは思っていて。精神疾患は、その偏見の中でもより偏って見られることが多いだけで…。
近藤
あぁ、なるほど…。すべてに対して偏見はついてきてしまう?
松浦さん
避けられない偏見もあるとは思います。
ただ、事件を起こした容疑者が双極性障害だった、統合失調症だった、とそこだけ切り取られて報じられるのは、やっぱり複雑ですね。
自分が顔を出して双極性障害のことを発信しているのも、双極性障害になった人間の一例として、本当の姿を見せたいという気持ちもあるんです。
松浦さん
双極性障害と聞くと、上がっているか落ちているか、そのどちらかだけしかないと思われるんですけど。僕はこうして働けているし、
波があるだけなんだよと。
最近、ガンになっても働ける!こんな働き方ができる!ってニュースやインタビューが増えてきてないですか?ガン=死ではないと、報道も変わってきたんだと思います。
近藤
あ、確かに!ガンになってからの働き方が、色々なメディアに取り上げられてますよね。
松浦さん
そうそう。精神疾患も、できればそんな流れになってほしいなとは思います。
事件を起こす人もいるけど、しっかり働いて日常生活を送っている人もいる。片方だけではなくて、両側面を知ってほしいなと思います。
近藤
精神疾患だと診断されても、しっかり生活している人はたくさんいますもんね。
実は、ニュースの切り取り方を見て、おふたりは怒っているのかなとも思っていたんです。
松浦さん
いい気分にはならないので、そもそもテレビをあまり見ないです(笑)
ただ、たくさんの人の興味を惹くためには、過激な報道をせざるを得ない面もあるんでしょうね。見る側の興味関心が強いものを報じている場合もあるだろうし。
岡本さん
精神疾患に限らず、
ニュースは一部分を切り取るものですからね。精神疾患を強調しすぎていると感じることもありますが、そうしないとニュースとして広まらないのかとも思います。
報道を受けて、見た人がどう話題を広げていくかのほうが、重要な気もします。
岡本さん
「精神疾患のやつはすべておかしい!」と一括りにしてしまうのか、
「どうして事件が起きてしまったのか、食い止めることはできなかったのか」と考えるのか。
非難するだけなら、きっと同じことが繰り返されてしまうから。
近藤
ニュースでも、事件性や加害者の生い立ちや病名は報道しても、じゃあこれからどうすればいいんだっけ、はあまり語られないですもんね。
岡本さん
そうですね。ある程度報じたら、もう次のニュースになってしまうので…。
不安をあおるだけではなくて、もう少し深掘りできたらいいなと思います。
報道の在り方について、議論が白熱しました
近藤
ガン=死ではないと広まっているように、精神疾患への見方も変わっていけば、ニュースを見ても受け取り方が変わるかもしれないですよね。
岡本さん
うつ病になったけどこうやって活動ができている、と発信しているのも、自分にとっては大切なことです。いい事例になればいいな、と。
松浦さん
最近は、芸能人もオープンにすることが増えましたよね。ネプチューンの名倉さんがうつ病と公表したり。
少しずつ、精神疾患を取り巻く環境も変わってきているのかなと思います。
“セルフスティグマ”で悩んだことはある?
近藤
社会や周囲からの偏見ではなく、自分自身が精神疾患に偏見をもって悩んだことはありますか?
偏見や差別的な態度のことをスティグマ,すなわち社会的烙印という。 スティグマは負の烙印ともいわれ,人々から軽視され社会に受け入れられないという特徴をもつ。一般住民の精神障害者への差別や偏見を社会的スティグマ,
精神障害者本人がもつ偏見をセルフスティグマと定義される。
引用:
統合失調症患者のセルフスティグマが自尊感情に与える影響
岡本さん
4回目にうつ病が再発したときは、精神科医のときだったんです。そのときは、精神科医なのにうつ病になるなんて情けないと、すごく苦しかったですね。
信用されなくなることが怖くて、誰かに言うことも最初はできず…。もう、自分は社会に出ちゃいけない人間なんじゃないかと思いました。
近藤
その気持ちって、どうやって消化していったんですか…?
岡本さん
そのときは精神科病院で働いていたので、他の精神科医の方にとても支えられました。しばらくは我慢したんですけど、どうにも耐えられなくなって打ち明けたときに、話を聞いてくれて。
夜間の当直を変わってくれたり、回復してきたときに「マラソンでこんなタイムを出したんです」となにげない会話ができたり。
近藤
誰かに話すことができた、というのは大きいですね!
岡本さん
元々の性格が気持ちを溜め込むタイプなので、
誰かに話せたことは大きいですね。自分がつらいときに、誰かに「つらい」と言うことが本当に苦手なので…。
もう少し早く言えていたら、大きく体調を崩すこともなかったのかも、と今なら思います。
近藤
自分の病気のことを、なんでもオープンにするのも難しいですもんね…。
松浦さんは、セルフスティグマで苦しんだ経験はありますか?
松浦さん
うつ病という名前を借りて、自分がなまけているだけなのではと感じたことはあります。
診断も受けていたけど、その診断に甘えて休んでいるだけで、本当はただの社会不適合者なんじゃないかって。
松浦さんの過去の葛藤に、耳を傾ける一同
近藤
松浦さんは今は双極性障害の診断に変わりましたけど、うつ病の症状が、実際の双極性障害の症状と一致していないから、というのもあったんでしょうか?
松浦さん
双極性障害だとわかってからは、気持ちは楽になりましたね。病気の症状が全部自分に当てはまっていたので。
ただ、自分が元気だと思っていた時期まで「それは躁状態で、病気です」と言われたときは、すごく悩みました。
近藤
それは、躁状態が自分の中では“元気になった自分”だと感じていたから?
松浦さん
そうです。うつ状態が病気なのはわかるけど、元気になったと感じる時期も病気なら、自分はどこにいるんだと。自分ってなんなんだ?と思ってしまったんです。
松浦さん
元々、今の会社のトレーニング利用者でして、
躁状態を抑える取り組みをしたんです。そうすることで、うつの波が来てもそれまでより下がらなかったんですよ。
気分の波がなだらかになるのを感じて、「あ、やっぱり病気なんだな」と受け入れることができたんだと思います。
あとは、自分以外の双極性障害の方に会ったのも大きいですね。
近藤
それは、会社のトレーニングの際にお会いしたんですか?
松浦さん
そう、数ヶ月単位で長期間関わることもあるんです。その方が躁状態になっているときにもお会いして、いつもと全然違くて。自分と同じ状態になっているとも思えたんです。
他の方の症状を客観的に見ることで、自分に当てはめて考えられたんだと思います。
社会的な偏見はなくなると思う?そもそもなくしたい?
近藤
精神疾患に対する偏見は、今後なくなると思いますか?そもそも、なくしたいと思ってますか?
松浦さん
“精神疾患への偏見”だと、範囲が大きすぎてなにから手を付けていいやら、とは思います。どこからが偏見なのかも曖昧だし…。
今の自分ができることは、双極性障害の当事者の方と、会社との溝を埋めることだと思っています。企業側に双極性障害に対しての偏見があるなら、それを取り除く手伝いがしたい。
松浦さん
偏見かどうかはわからないけど、会社側が双極性障害の人は雇いたくないと言う場合もありますよ。
その考えもわかるんです。自分も、上がっているときに大きな提案をして、下がって投げ出したこともあるので…。会社が、双極性障害の方を扱いにくいと思うのも理解できるんですよね。
ただ、病気のことを知らないからこそ、距離が離れてしまう場合もあるのかなとも思うので。
近藤
どこからが病気の症状なのかも、わかりにくい部分もありますもんね。
松浦さん
もちろん人によって症状は違うけど、例としてこういうものがあると伝えるのは無駄ではないと思います。
働く上で本人側も対処が必要だけど、環境がまったく整っていない中で、自分だけが適応しようとするのはつらさがあるので…。
近藤
実際、安定して働く双極性障害の方の働く環境ってどんな感じなんでしょうか?
松浦さん
知り合いの双極性障害の方も、月に1回休みを取ると会社と取り決めをして働いていますよ。病気のことを理解した上で、実際に受け入れるかは会社が決めることだけど…。
「双極性障害だから働けないだろう」という思い込みは、今後なくしていきたいですね。
近藤
その思い込み、どうすれば少なくなっていくんでしょうか?
松浦さん
双極性障害でも、会社員として働けることを知ってほしいですよね。自分の発信を見て、そう思っていただけたらうれしいです。フリーランスで発信している人はいるけど、会社員で発信している人って少ないんですよ。
名前や顔を出さなくてもいいから、会社勤めできている人がいると広がっていけば、偏見も少なくなる気がします。それに繋がるようなWebサイトの検討を現在社内でしています。
偏見を少なくしていきたい気持ちは、おふたりとも共通しているそうです
近藤
岡本先生は、精神疾患に対しての偏見はなくなると思いますか?
岡本さん
もちろん、なくなるのが理想ですが…。人それぞれ考え方は異なるので、現実的には難しい面もあるかと思います。
ただ、偏見を少なくするために行動はできると思います。私も、会社の代表の方とお話しする機会を作っているんです。精神疾患に対して、詳しく説明したり。
岡本さん
会社で働く方たちも、好んで精神疾患の方につらく当たっているのではないんです。
病気に対しての知識がないから、どう接していいかわからなかったり…。症状が出ているときに欠勤や遅刻をされて、「精神疾患と言えば許されるのか、そのフォローは自分がしているのに」と憤ってしまったり。
岡本さん
まずは、
病気の症状を知ってもらうようにしています。サボっているように見えても、症状が出ると動けないことがあるんです、本人にやる気がないわけではないんですと。
それを受けてどうするかは、会社が決めることですよね。私から、「だからすべてサポートしてあげてください」とは言いません。それが正しいことだとも言えないので。
近藤
病気について説明するだけでも、その後の対応が変わってきそうですよね。
岡本さん
形が曖昧だったものが、はっきりしたものになるだけで、
身構えていた気持ちが解けることは少なくないですよ。
できれば、こうやって会社側にアプローチする専門医が増えていけばいいなと思います。知識がある人間に説明されるだけで、ストンと理解してくれる方もいますから。
近藤
わからないものとは距離を置きたくなったり、怖いと思うのは自然な感情ですもんね。フラットに病気について知ってもらうためにも、様々な事例を発信していくことが、偏見を少なくするきっかけになりそうですね。
おふたりのお話、すごく参考になりました!写真撮影、しましょう!
(左から)岡本先生、松浦さん。おふたりとも終始納得感のあるお話をしていただき、聞いているだけでも勉強になる対談となりました。お忙しい中お集まりいただき、ありがとうございました!
“偏見”と言っても、そもそもなにが偏見なのか、それ自体が人によって異なるのだと、今回の座談会を聞いて感じました。きっとそれぞれの“普通”があり、それぞれの“異常”があるのでしょう。
価値観はひとつではないと知ることが、自分以外の人を理解する第一歩になるのかもしれません。「病気の人だから、きっとこうだろう」と決めつけずに、目の前の人としっかり向き合って、対話することを忘れたくないなぁと思います。