【メンタルヘルスと両立支援】多職種の視点からみる職場のワーストプラクティス事例

休業期間満了の場合の法的整理について

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黒嵜隆氏 弁護士法人フロンティア法律事務所 弁護士

私自身、大学生の時に交通事故で脊髄を損傷しまして、それからずっと車椅子で生活しています。

 

弁護士になってからは、弁護士会の障害者委員会という場所などでも活動をしてまいりました。

 

今回の事例について、弁護士の立場から果たしてこの解雇が許されるのか、休職が有効なのかなど法的な観点から考えてみました。

期間満了により退職扱いあるいは解雇された従業員が「不当解雇」であると主張し、会社との係争に発展する事例は少なくありませんが、この場合の裁判例にはいくつかのパターンがあります。

 

【パターン1】

従業員が休職期間満了までに復職できなかった場合は、多くの裁判例で、退職扱いあるいは解雇は適法と判断されている。ただし、医師が復職可能と診断しているのに会社が復職を認めずに休職期間を満了した場合には、不当解雇と判断している裁判例が多い。

 

【パターン2】

セクハラ、パワハラ、長時間労働、退職強要などによる精神疾患を原因とする休職のケースでは、退職扱いあるいは解雇は不当解雇とされた裁判例が多い。

※なお、本件では紛争調整委員会からあっせん通知書が届いていますが、あっせん制度は、個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律に基づいて、労働条件その他労働関係に関する事項についての個々の労働者と事業主との間の紛争について、労働問題の専門家が入り、双方の主張の要点を確かめ、調整を行い、話し合いを促進することにより、その実情に即した迅速かつ適正な解決を図る制度です。あっせんによる合意が成立した場合には裁判上の和解と同じ効力がありますが、当事者が参加しない場合、話し合いによる合意が形成されない場合には打ち切りとなります

休業期間満了で自然退職というパターンと、解雇というパターンが就業規則であると思いますが、いずれも法的にはあまり変わらないですね。

 

今回の事例において、労働契約の終了が有効なのかという観点から判断すると基本的には有効になります。

 

ただ、主治医が復職可能と診断しているのに会社が復職を認めずに労働契約を終了させる場合は違法です。

 

また、セクハラ・パワハラ・長時間労働など、企業に一定の責任があって退職に陥った場合は解雇が無効になる、あるいは復職が継続されるパターンもあります。

 

そういった前提をおさえた上で、今回の事例において、Aさん及びBさんにどのような支援が取れたかについて考えてみます。

(1)Aさんについて
①X年2月の段階で事務部門の正社員1名が退社することによって、Aさんの業務にどのような影響を与えるかを検証すべきであった。

②X年5月までの間にAさんへの業務内容についてのインタビューを行って、人員補充の必要性について検討すべきであった。

③X年6月の段階で、Bさんの判断に任せてAさんのかかりつけのクリニックの再受診を促すだけではなく、企業として(Bさんに任せるのではなく)、事前に精神疾患等に羅漢した従業員に対する対応策を講じておくべきであった。
この対応策については、社外の専門家によるアドバイスを受けることが有益と考えられる。

④X+1年5月の段階で、社内でAさんの出社時間や業務内容について、段階的な復帰を検討すべきであった。

⑤X+1年6月の段階で、復職不可と判断する以前に配置転換、業務内容の変更等を検討すべきであった。また、Aさんが自然退職になることの法的問題点を専門家に相談して十分に検討すべきであった。

⑥X+1年7月の段階で、あっせんに対してどのような対応をとるかについて、社内の方針を決定すべきであった。また、労災保険申請を行った場合、Aさんの事案が該当するかどうかについて専門家に相談すべきであった。

(2)Bさんについて
BさんについてAさんのような問題を繰り返さないよう、事前に会社として対応策を講じておくべきであった。

私たちは、企業・労働者のどちらの立場からも相談を受けることが多くあり、法的に相手と交渉することが日常的には多くあります。

 

ただ、どちらが勝った負けたではなく、いかにお互いにとって良い方向をを目指していくかであったり、障害のある人が多方面で活躍できるような社会にするには、といった視点で、所属している弁護士会でも議論することが多いです。

 

また、障害者の差別解消に関しても、企業がどういう配慮をするべきなのか、企業側がよく分かってないことも多い印象があります。

 

もちろん、一方的に障害者側から言うだけではなくて、企業側にもしっかり理解してもらいながら議論が進んでいければと思っております。
 

環境への働きかけと退職時のフォローの重要性

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出射詩予氏 株式会社パソナ 生涯キャリア支援協会 マネージャー

パソナの出射です。パソナは人材派遣や人材紹介という認識の方も多いと思いますが、再就職支援という事業部署もあります。

 

一昨年からは、社内ベンチャー制度を通じて、キャリアコンサルタントの育成事業も始めました。

 

日頃感じていることとして、退職やむなしの場合でも次の支援につなげていく必要があるということです。

 

例えば、精神疾患の方で退職する場合でも、就労移行支援につながれるかどうかで、その後の人生が変わっていきます。

 

「フルタイムで働かなきゃ」と思っている人でも、障害年金を受給することで無理せず週3回から働いてみようという選択肢を増やすことにもなりますよね。

今回の事例に対しては、以下の観点から考えてみました。

①復職時の支援検討、環境への働きかけができたのではないか

復職検討時、同僚からの猛反発があり、それに対する当事者の自覚の無さを取り上げ、会社は「復職不可」と結論したが、以下のフォローが実施できた可能性がある。

 

・復職先職場への働きかけ

病気発症時の当事者の周囲を威嚇する言動等が、のちの復職検討時における「同僚からの猛反発」の原因であると推測されるが、復職先の職場に対するメンタル疾患理解の働きかけは行われていたか。復職者を受け入れる職場の風土の醸成、メンタル疾患に起因する易怒性への理解、誰にでも起りえる病気であること等、基本的なメンタル疾患への知識を習得する機会の提供等。

 

・復職先職場メンバーへの個別対応、本人と復職先職場との関係調整

復職先職場メンバーへの個別カウンセリングの実施などを通して、過去のトラブルやAさんの言動によって負ったストレス等を把握し、メンバー個別の問題としての解決を図ろうとしたか。職務内容変更等による解決や、理解・歩み寄りの余地は考えられなかったか。また、Aさんに生じた過剰労働と病気発症の背景にある問題をほかのメンバーも抱えている可能性はないか。

 

・別の職場への復職の検討

元の職場に復帰する原則に固執することなく、異動復職の可能性を検討できていたのか。

 

②退職時のフォローができたのではないか。

やむを得ず退職したとしても、その後のキャリア形成支援や社会的復帰へのリファができていたか。再就職支援を利用し十分なカウンセリングと当事者・家族の将来を見据えたキャリア形成支援を受けられた場合、事例にある紛争は回避できた可能性がおおきい。

中高年の再就職支援において、今回の事例と同じような方は多いのですが、

「うつ病になった人が辞めてしまった。次にもし自分がうつ病になったときは、自分も辞めなきゃいけない」

という職場の慣習ができてしまうことを危惧しています。

 

ですので、これを機会にメンタル疾患の基礎研修を取り入れることもひとつです。

 

特に、メンタル疾患の易怒性の部分への理解ですね。

 

どうしても怒りやすくなったり不安定になったりしますが、「嫌なやつ」で終わらせるのではなく「病気のせいかもしれない」という想像力を持てる職場づくりが大切かなと思いました。
 

ひとつの労働災害としてのメンタル不調

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高橋健氏 一般社団法人ともに 代表理事 特定社会保険労務士

「一般社団法人ともに」のメンバーの高橋です。社労士事務所を開設する前は、厚生労働省で労災保険を認定する立場で仕事をしておりました。

 

職場におけるメンタルヘルス不調はどうしても起きてしまう、ひとつの労働災害です。

 

労働災害防止のために、例えば足場から落ちて骨折したとなれば、

・命綱はあったのか

・安全策をちゃんと守ってたのか

・今後の防止策

などは、事業主も現場も真剣に考えることがあっても、業務起因で発症したと主張したメンタル疾患となると、そういう発想にならないという現状があります。
 

実際に「労災申請」という言葉が出てくると、事業主とメンタル疾患の診断を受けた労働者が「業務起因」という言葉に過敏になってしまい、対立関係になってしまう事案が多く見られます。
 

今回の事例についても、労災の観点からコメントさせていただきました。

Aさんのうつ病(X年2月)について、業務との関連性が否定できないため、労災申請を行うことが出来たのではないか。
 

H23.12.26付け基発1226第1号「心理的負荷による精神障害の認定基準について」に基づいて検討すると、同通達別表「業務による心理的負荷評価表」の具体的出来事15の「仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった」の「強」になる例、「仕事量が著しく増加して時間外労働も大幅に増える(倍以上に増加し、1月当たりおおむね100時間以上となる。」に該当するのではないか。
 

ただ、前職より通院中だということであり、既往症との関連において労災認定に結びつくかどうかは不明である。いずれにしても、労災申請を行って行政の判断を仰ぐことはできたのではないかと思われます。

従業員がうつ病の診断を受けた段階で「労災なのかもしれない」という視点が会社側にあれば、早期の段階で休職に向けての話合いの方向性が変わったのではないかという思いで書かせていただきました。
 

福祉の現場での経験と社労士の視点から

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松山純子氏 一般社団法人ともに 代表理事 社会保険労務士

「一般社団法人ともに」のメンバーの松山です。社労士事務所を開設する前は、従業員の半数以上が重度の障害を持った福祉施設の職員を10年以上やっていました。

 

そこの福祉施設では、具合が悪くなったら周りのみんなでサポートしながら働くなどして、重度の方がものすごく元気に笑顔で働いていたんですね。

 

私がそこの福祉施設でずっと感じてきた「働く喜び」をこれからも伝え続けたいという想いをもって、14年ほど障害年金の分野と顧問業務をやっております。

 

社労士、障害年金、福祉に居た立場の観点から考えるのと、ひとつは労災の可能性です。

 

2つ目は職場環境、お互いを尊重しながら働きやすい環境づくりをしてきたかということ。

 

3つ目はうつ病以外の病気がかくれているんじゃないかということ。

 

4つ目がフルタイム勤務での復職は本当に適切なのかということ。

 

5つ目は障害年金をもらいながら働く可能性です。

1.労災の可能性について
月90時間程度の残業が3ヶ月ついて続いているため、労災の可能性と向き合いつつ、前職場でも同様の問題でメンタルクリニックに通院しているとのことなので、今回の企業さんは法律上労災の適用外かもしれません。

 

しかし、実際には90時間程度の残業があったことは、健康上負担がかかっていることも事実。企業側として90時間もの残業が発生していたことについても企業が向き合えるようにしています。

 

【時間外労働が多きとき、経営者に2つのことを伝えています】

・未払い残業の問題

・従業員の健康障害の問題(労災の有無に関わらず、従業員の健康を守る)

 

2.職場環境(お互いを尊重しながら働きやすい環境づくりをしてきたか)

「Bさんの復職に関して、職場の同僚全員から猛反発を受けた」ことについて、今まで周囲の人はどれだけ負担があったのかをヒアリングするようにしています。かなり大変ではあったのでしょう。

 

しかし、“本人は病気になりたくてなっていない”ということも、一方では気づける組織であってほしいとも思います。

 

そのため、日々の認め合う環境づくりも足りていなかったのかもしれません。このあたりは、今後、認め合う組織づくりが必要かもしれません。

 

3.「うつ病」以外に病気が隠れていないか

産業医との面談時「ハイテーション」「自分本位の考え方や判断」「同僚への気遣い・人間関係構築を心配している様子がない」等を考えると、うつ病のほかに、別の病気が隠れている可能性を産業医とともに探る。(→発達障害の可能性)

 

4.復職は適切か

「休職後、リワークが開始し、主治医が復職可と診断。」について、

下記5点を考えるようにしています。

・リワークは、障害者職業センターをつかったようですが、本人の日常生活や状態から、最後の仕上げ的な障害者職業センターが適切だったのか…?

・本人が主治医に復職可の診断書を書いてほしいと頼み込んでいない…

・復職にあたり、事前に企業から主治医に、「復職後の業務内容」や「受け入れる側として周囲の理解が足りていないこと」を伝えていたか…

・就業規則上、復職規定は「治癒」「フルタイム勤務」なのか、最初は「短時間から可」なのか、就業規則の確認

・就業規則上、「治癒」「フルタイム勤務」となっていた場合、最初は本人の体調にあった働き方の選択も可能か?

 

5.障害年金をもらいながら働く可能性

復職後、フルタイム勤務ではなくて、体調にあった働き方ができれば、ムリせずになるべく体調が安定しながら、働くことが可能になります。

「障害年金」+「賃金」という考え方の働き方の選択肢が可能となります。

企業も、例えば週3日のみと分かっていれば、足りない週2日分を考えることができます。

しかし、無理して働いてしまうと結局、遅刻や欠勤が増え、「アテにできない状態」となってしまうため、復職は「治癒」「フルタイム勤務」がベストではないことを企業や従業員さんに伝えています。

実際には、休職中に「障害年金」の手続きをしてあげると、障害等級2級の可能性も広がりますし、本人も安心できるため、本人がどのような働き方をしたいか、“本人が選択”できることになります。

生活費や治療費の問題があって、無理して頑張ってしまうという問題があります。

 

休職から復職にいくとき、いきなりフルタイム勤務ではなくて、障害年金をもらいながら、まずは週3、4、5回と勤務して、その先にフルタイム勤務があります。

 

この事例においても、フルタイム勤務から働かない選択肢を一緒に考えていける人事部や支援者、社会保険労務士がいたら、もう少し違う状況になれたのかなと思うと心が痛いですね。

 

また、何らかの疾患を抱えていて、コミュニケーションが少し難しい場合、もちろん全員ではないんですが、

本当は病気がそうさせているだけで本人が悪いわけじゃない

という部分までまだ理解が進んでいない点は、福祉と民間企業の大きな違いと思っております。
 

「Aさんは採用した時から問題社員でしたか?」

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後藤宏氏 一般社団法人ともに 代表理事 社会保険労務士

メンタルヘルス不調は、私傷病とは言い切れない、業務起因疾患・作業関連疾患の可能性があり、事例のような休職・復職においては、

・休職前の疾患による勤怠不良が、職場に悪影響を与えていること

・職場に起因したメンタルヘルス不調の場合、原職復帰は再発が有り得ること

を考慮した支援が必要だと思います。具体的には、

・休職前に職場で起こったトラブルは、当人の疾患に起因していたことの職場理解の機会設定

・短時間勤務による慣らし、配置転換や仕事の切り出しによる職務再設計

をお手伝いしていきます。

 

うまくいくケースでは、経営者の方針がはっきりしていることがすごく大事です。

 

業務面から見れば、Aさんは問題社員とも言えます(業務懈怠、クレーム・トラブル多発)。

 

計5名の事務部門社員とAさん、どちらかを選択するとなれば、Aさんへ退職勧奨することが会社を守ることに繋がるとの経営者判断はあってもおかしくないと思います。

 

こうしたメンタルヘルス不調者への対応時は、経営者に

「Aさんは採用した時から問題社員でしたか?」

と尋ねるようにしています。

 

Aさんは入社数年、問題なく勤務していますから、どこかの時点で問題が生じるようになったこと(変化点)に気づいていただくためです。

 

気づいてもらえる社長さんは、「あ、そうだね。昔は違ったな」と仰います。

 

変化点の背景に、疾患があると分かった時に、(例えば育児休業者と同じように)事情に合わせた継続雇用の方針があれば、治療と職業生活の両立支援は進みます。

 

明確な継続雇用の方針が出ない場合も、退職・転職(広義の配置転換だと思っています)に向けての再就職支援が必要なのではと感じます。

 

それゆえに、治療と仕事(原職復帰)ではなく、「治療と職業生活」の両立支援という視点を重視しています。
 

第一回協議会 参加メンバー

・江口尚氏 (北里大学医学部 公衆衛生学 講師 医学博士)
・中金竜次氏 (就労支援ネットワークONE 代表理事)
・宿野部武志氏 (一般社団法人ピーペック 代表理事 CEO)
・宿野部香緒里氏 (一般社団法人ピーペック 事務局 CFO)
・橋本一豊氏 (特定非営利活動法人WEL’S 理事長)
・黒嵜隆氏 (弁護士法人フロンティア法律事務所 弁護士)
・永田朋之氏 (弁護士法人フロンティア法律事務所 弁護士)
・佐藤勇氏 (弁護士法人フロンティア法律事務所 弁護士)
・出射詩予氏 (株式会社パソナ 生涯キャリア支援協会 マネージャー)
・飯田義久氏 (株式会社日本法令 取締役)
・小沢懐氏 (株式会社日本法令 チーフ)
・後藤宏氏 (一般社団法人ともに 代表理事 社会保険労務士)
・高橋健氏 (一般社団法人ともに 代表理事 特定社会保険労務士)
・松山純子氏 (一般社団法人ともに 代表理事 社会保険労務士)
・滑川順子氏 (一般社団法人ともに)
・三浦加愛氏 (一般社団法人ともに)
 
主催 一般社団法人ともに

 

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近藤雄太郎

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  • 本記事は2019年9月17日に公開されました。現在の状況とは異なる可能性があることをご了承ください。