うつ状態、とん走…私が症状を自覚してからの日々【Aさん第6回】

2017.08.28公開
 
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今回は、私が自分の症状を自覚した「あの日」以降の自覚症状についてお話しいたします。

 

 

「あの日」以降、うつ状態に…

「あの日」以降、今度はうつ状態になったのだと自覚しています。

 

実際は眠っていたのでしょうが、とにかく「眠れない」と思うようになりました。

 

新入社員研修は当分、病欠扱いにしてもらい、「大学の卒業式に出ることを目標にしよう」と両親や元恋人と話したりして決めました。

 

 

「普通でない状態」への恐怖

しかし、病気であることや、社員研修に行けないといった「普通でない状態」という自覚が今度は怖くなりました。

 

私の場合、パニックでも、例えば、研修担当者に申し出てから、自宅や元恋人の家など、安全な場所に戻ることは出来ました。

 

ただし、その安全な場所に戻るまでの記憶がなくなります。

 

研修担当者に体調不良を訴えた次の記憶は、駅改札かタクシー乗り場、その次は母に会う、気付けばベッドの上といった調子です。

 

それが、『とん走』という症状だと気づくのには長い時間がかかりました。

 

 

記憶のない時間への恐怖

「記憶のない間、沢山の人に迷惑をかけているかも知れないが、それが分からない」ということがとても不安で、恐怖でした。

 

当時の自分の状況や不安を今は説明できますが、自分の思いを明文化できない、自分のことが論理的に、順序立てて説明できないのが怖いのです。

 

自分が眠ったら、次の瞬間、何がどうなるのか分からない、自分が何を発言しどう行動したのか分からない、といった、漠然とした恐怖も不安に拍車をかけました。

 

次第に、不眠と合わせて、まず自室の外に出ることが怖くなりました。

 

 

少しでも出来ないことがあると…

もしかしたら、両親に暴言を吐き、暴力しているのかもしれない。メモに元恋人の悪口などを書きなぐっているのかもしれない。

 

「もしかしたら身近な・大切な人を大いに傷つけているのかもしれない」という恐怖はどんどん大きくなりました。

 

同時にやりたいこと(例えば、午前中には起きたい、書いたメモを片付けたい、など)があっても、少しでも「出来ない」ことがあると、

 

「それが症状なのか?」

「人に迷惑はかかっていないか?」

 

よく分からなくなって悲しくなって沢山泣きました。

 

 

家族や恋人が助けてくれた

そんな時、助けてくれたのも、やはり両親と元恋人でした。

 

父は私の会社と連絡を取ったり、卒業式には車で送ってくれたりしました。元恋人は私に対する態度を全く変えませんでした。

 

そして、母は「今日できたことに目を向けてみよう」と後押ししてくれました。

 

「今日は近所を散歩してみよう」

「コンビニで好きなものを買ってみよう」

「駅まで一人で行って、駅構内図を写真に撮ってこよう」

 

といった簡単なことです。

 

それでも、「今日これが出来た」という事実や、少しずつ以前のように行動範囲が広がっていくことは、毎日不安な私にとって、とても有意義な訓練でした。

ペンネーム:Aさん

 

 

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