母子家庭だからと言われたくなくて。進学を諦めて進んだ道とは?【永井千尋さん 前編】

2017.01.10公開 2017.03.05更新
 
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今回は、横浜市の就労継続支援B型事業所 「ゆめが丘DC」で管理者・サービス管理責任者として働いている永井千尋さんにお話を伺いました。

 

社会福祉士・精神保健福祉士の資格を持つ永井さんが、なぜ福祉の仕事を目指したのか、現在の場所で働くきっかけ、仕事のやりがいなどについて興味深いお話がもりだくさんです。前編では子ども時代のことや福祉の道に入るきっかけなどについてお話いただいています。

 

 

父の死と自分の変化

私には姉が一人いるのですが、姉が何でもできる子だったということもあってか、私自身は小さい頃はとてもおとなしい子どもでした。誰かと遊ぶよりも一人で絵本を読んでいる方が楽しみで、自分から社交的に話しかけるようなタイプではありませんでしたね。

 

それが小さい頃に父が亡くなって、それまではすごく甘えっ子だったのに、急に積極的になったのを覚えています。小学校高学年くらいから途端に自分から発言するようになりました。

 

今思えば父の死の影響が大きかったのでしょうね。父が亡くなって母一人になってしまって、当時は母子家庭というのが珍しかったので、周りの人に「母子家庭だから」みたいなことを言われたくなくて。周りにとやかく言われないように自分がしっかりしなきゃ、ってすごく意識していました。

 

積極的になってからは、人前に出るのがこんなに楽しいのか、と自分の世界が大きく広がっていく気がしました。自分の意見を言えるようになってからは、どうしたらもっとすごいことができるかな、というようなことをいつも考えていましたね。

 

 

吹奏楽に熱中した中学時代

中学校に上がると積極性は更に加速していきます(笑)。勉強は好きでも嫌いでもなくて、吹奏楽部に入っていたのですが、それが本当に楽しくて。部活をしに学校に行っているようなものでした。

 

希望の楽器を担当することもできて、先輩にも恵まれて、友だちもたくさんできて。部活の指導者の先生も熱心だったので、今まで行ったことのないような県大会だとか賞を目指すために、みんなで一丸となって部活に取り組んでいました。朝も昼も夜も部活。昼休みも練習していましたよ。

 

3年生になるとキャプテンに選ばれて。最後をどうやって盛り上げるか更に部活に熱が入りました。でも、上に立つといろいろと言わなければいけないことがたくさんありますよね。大人数をうまくまとめなくてはいけないし。私はそれが全然苦ではなかったんですよ。

 

もともとはっきりと物言うタイプなので、思ったことをストレートに伝えていました。「練習に出ていない先輩を出して、練習している後輩を出さないのはおかしい」とかね。でも、先生たちがいろいろとフォローしてくれて、温かく見守ってくれたからできたことだと思います。

 

 

女子高ライフを満喫

高校は姉も通っていた女子高に進学しました。女子高って何だか楽しそうだな、と思って。あとはその学校は受験が早いから、合格してしまえば、残りの時間を部活の練習に使えるなと思って決めたんです。

 

でも高校では吹奏楽を続けませんでした。中学校の頃に熱を入れすぎちゃったのか、入学した高校の吹奏楽部は自分が期待していたボルテージとは違う気がして。今まではみんなが一生懸命で目標に向かって走り続けて行っていたので、高校の部活の少し落ち着いている感じが物足りなかったんです。体験入部だけして、後は続けませんでした。

 

その代り、学校生活は本当に楽しかったんですよ。中学校のときに部活しかやっていなかったので、学校帰りに寄り道したり、図書館で勉強したりすることも新鮮で楽しくて。

 

それに、担任の先生が「今のうちにたくさん資格をとりなさい」という方で。漢字検定や英検、情報処理の資格などをいろいろ勧めてくれて、試験を受ける子もたくさんいました。

 

私もそういう友だちと一緒にいたので、みんなで放課後図書館で勉強したり、教室に残って勉強して試験を受けたりして、本当に充実していましたね。

 

 

本当は進学したかった

高校を卒業後は、本当は進学を考えていました。でも「進学するなら自宅から通えるところで」と言われていましたので、行きたい学校の場所やお金の問題もあり、希望通りに進学するのは難しかったんです。

 

今やりたい道にすすめないなら、就職しよう、と考えました。

 

何の仕事に就こうか、と悩んだときに、自分にはラインの仕事や一般事務の仕事は性格的に向いていないと感じていました。そんなときに、姉の友だちが医療事務の資格をとって働いているという話を聞いて、「それだ」と。

 

学校の授業が終わった後に医療事務の学校に行って、夕方から勉強をしてというサイクルで3ヶ月くらいかかりましたが、無事合格することができました。

 

 

忙しくても充実した病院時代

試験にも受かったので次は就職先探し…というときに、学校に介護事務の求人が来て。ほかに医療事務の求人がなかったので、ますはその介護施設を受けることにしました。

 

そうしたら、そこの施設は病院も運営している法人だったので、「医療事務を持っているなら病院の方に来ない?」とお声がけいただいて。無事就職することができました。

 

病院はとても規模が大きなところでした。私が配属されたのは人工透析を行う棟だったのでとてもバタバタしていましたね。毎日400人位の患者さんが入れ替わりでいらっしゃるんですよ。

 

患者さんとしては定期的に透析治療に来ているんだから、病院の職員は自分たちの名前を知っていて当たり前でしょ、という方もいて。失礼のないように全体で800人くらいの患者さんの顔と名前を覚えなくてはいけないという世界でした。

 

業務でも、患者さんごとに対応もやることも違って、まさに戦場のような現場でしたが、それはそれで面白かったんです。毎日が大変でしたが、当時18,19歳だったので、そんなに大人数の人と話せる職業はほかにはないような気がしてやりがいを感じていました。

 

 

 患者さんが本音を話してくれた

私がまだ若いというのもあって、患者さんもいろいろなことを教えてくれるんですよ。自分の人生経験から得た話とか。それを聞くのがとても楽しかったですね。

 

あとは、病院に対する不満とか看護師さんの愚痴とかも。看護師さんはいつも忙しいので、なかなか気軽にお話できないんでしょうね。言いにくいこともあるでしょうし。私が月ごとの案内とか制度の説明でベッドサイドに行くと患者さんの本音が聞けたりすることも多々ありました。「あの人の針の刺し方、痛いんだよね」とか。

 

「この方、いつも治療だけに来てサラっと帰っていっていたけど、本当はこんなこと考えていたんだ」という新しい発見もたくさんあって。そういう「本音」を自分に話してくれているんだと思うと、やりがいのある仕事だなって。

 

病院の不満を聞くことがあれば、言いやすい先輩に伝えて、改善できるところは変えてもらったりもしていました。周りの先輩にも恵まれていましたからね。

 

 

やりたいことが明確に

病院に勤めて4年目が終わるころに、退職しようと考え始めたんです。医療事務の仕事にも慣れてきて、患者さんとコミュニケーションをとるのは本当に楽しかったのですが、どこかで「自分は話を聞くだけしかできないのだろうか」と思い始めるようになりました。

 

だからと言って、看護師さんになりたいわけではなくて。看護師以外に、患者さんや利用者さんに直接何かができる仕事ってなんだろう、と考えたときに、施設に勤務したいと明確に見えてきたんですよね。

 

人工透析を受けている患者さんって障がい者手帳を持ってらっしゃいますので、その制度の説明や手続きの代行なんかを現場でやっていて。障がいの分野の方が自分には近い気がしていたので、障がい者施設に勤めたいな、と考え始めました。

 

 

福祉関連の資格を持ってない…

でも私、医療事務しか資格がなくて、福祉の仕事に役立つような実務的な資格がなかったんです。医療事務の資格だけでは雇ってもらえない気がしていたので、一番早くとれる資格は何かな、と探したところ、ヘルパー2級の資格を見つけました。

 

まだ仕事は続けていましたので、病院で働きながらヘルパー2級の勉強を始めました。ヘルパーの資格をとるために勉強する中で、少しは現場のことも分かるんじゃないかな、とも思いましたしね。

 

そんな頃、実は病院でも異動の話がありまして。異動先の中心のポジションになってくれないか、というありがたいお話でした。でも、私にはすでにやりたいことが明確にありましたし、今異動の話を受け入れたらもう病院を辞められなくなるような予感もしましたので、迷わず事情をお話して、病院を退職しました。

 

 

***********************

 

母子家庭という境遇の中で、甘えっ子から積極的に様々なことに取り組むようになった永井さん。その時々での境遇と向き合いながら、目の前のことに真摯に取り組む姿がとても印象的です。

 

病院時代のご経験から、次のステップを具体的に描けるようになった永井さん。病院を退職後、現在の活動に至るまでどのような道を歩んで来たのでしょうか?

 

続きは、後編へ

PHOTO by 齋藤郁絵

 

 

永井さんのインタビュー

【Part1】母子家庭だからと言われたくなくて。進学を諦めて進んだ道とは?

【Part2】ゆめが丘DCとの出会いのきっかけや、現在の取り組みとは?

 

 

永井さんが取り組む活動

就労継続支援B型事業所 「ゆめが丘DC」

669

 

 

インタビューを受けてくださる方、募集中です

臨床心理士、精神保健福祉士、看護師、保健師、産業カウンセラー、支援機関の職員など、すでに多くの方にインタビューを行っています。ご自身が、有名かどうか、権威かどうかは関係ありません。

 

また、精神疾患などの当事者の方、メンタルヘルスや人間関係でお悩みの方などのインタビューも行っております。

 

これまでの経験・取り組みや、ご自身の想いを読者に届けていただき、Remeのミッションである「こころの専門家へのアクセスの向上」「こころの健康に関するリテラシーの向上」の実現のために、お力をお貸しいただけますと幸いです。

 

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