ゲイ、うつ、父の虐待…OUT IN JAPANで変われた【森田和弥さん Part1】

2017.08.21公開 2017.08.23更新
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今回のインタビューでは、LGBT(ゲイ)の当事者であり、OUT IN JAPAN(※)にも参加された森田和弥さんにお話を伺いました。

 

(※)「OUT IN JAPAN」とは、日本のLGBTをはじめとするセクシュアル・マイノリティにスポットライトを当て、市井の人々を含む多彩なポートレートを様々なフォトグラファーが撮影し、5年間で10,000人のギャラリーを目指すプロジェクト(OUT IN JAPAN ホームページより)

 

 

ゲイであることの自覚

初めまして、森田和弥と言います。埼玉県川口市で生まれて、母と父と1個上の兄がいます。

 

自分がゲイであることは幼稚園くらいに自覚し始めていました。

 

男の子の水泳姿にすごく反応してしまって、「これ、やばいやばい」「恥ずかしい」「でも見ちゃう」みたいな。

 

自分は男の子なので、身体の反応も出てしまって、「これってなんだろう?」「これはきっとやばいやつだ」と本能的に思ったんです。

 

子どもながらにエッチなことだと分かって、「これは多分、言っちゃいけないものだ」とも感じていました。

 

 

学校ではトイレにも行けなかった

学校などではトイレも行けませんでした。

 

僕にとっては、小便器で用を足すということがあり得ないことだった。自分の中ではセクハラなんです、あれは。

 

でも、個室を使うと今度は「うんち野郎」とかあだ名が付いたりするのが嫌だから入れない。

 

トイレは全部個室であってほしかったです。

 

そういう自覚があって、自分としては、毎日お化粧してることや、時々可愛い服を着たかったことについて、親に聞いて欲しかったんですが、なかなか気付いてもらえませんでした。

 

 

小学校時代に感じた「異変」

小学校の5~6年生の時に円形脱毛になっていました。

 

その頃から、水道の蛇口が閉まっているのに何回も閉めに行ったり、家の鍵をかけたはずなのに「かかってないかもしれない」って何度も確認したり、ガスの元栓気にしたり…。

 

小学校の5~6年生ぐらいだと思うんですけど、真っ暗なトンネルにいて何かから逃げている夢をよく見ていました。

 

後ろから悪魔なのか怪物なのか分からない何かが、「おーっ」って声をあげながら全速力で追いかけてくる。

 

自分は宙に浮いてて、その「おーっ」っていう相手も宙に浮いてて、そのトンネルの中を追いかけて来るから逃げるんですね。

 

最後に捕まるか、「わっ」て殺されるぐらいのところで起きて、気が付くと号泣していまいた。

 

もともと感じやすいというところと、発達障害やアスペルガーの特性で、何か気になるとずっと気にしてしまう、ということがありました。

 

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父の虐待。耐える母と兄

家庭環境にも問題があって、父親が母親や兄に対して暴力を振るったりして虐待をしていました。

 

兄はすごく純粋で、何かやるとすごい格好良いんですけど、中身はジャイアンみたいな人でいたずらばっかりするから、父の体罰がすごくて、結局、母親も父に色々やられていました。

 

小5~6の時、「このままお父さんといたら、お母さんが死んじゃう」と思っていたので、「離婚して欲しい」ってずっとお願いしていたんです。

 

それでも、お母さんはいつも笑って、苦労を見せませんでした。そういう母だったので、子どものために我慢して離婚しなかったのかもしれないですね。

 

自分が大人になってから、父親は病気で亡くなったんですけど、気性の激しい人だったので、病気で半身不随になっても凶暴でした。

 

ただ、そんなに先が長くないという時に、父のいる実家に行ったら父親が号泣したんです。あんなに怖かった人が。

 

最期の言葉が、泣きながら「ありがとう」でした。

 

震える手で握手求めてきて、赤ちゃんみたいに泣いて。その時、いろんなこと父はをやっと克服したのかなと感じましたね。

 

 

ゲイを家族にカミングアウト

自分のことをゲイときちんとカミングアウトしたのは昨年です。

 

ただ、小さい時に女の子みたいな感じだったので、「実はゲイなんだ」と打ち明けると、母親も1個上の兄も「話さなくても分かってたよ」と言っていました。

 

これは奥さんから最近聞いたのですが、カミングアウトのあと母親と兄は、いつか僕がどこかの海外に行って女の子になって帰ってくると思っていたみたいです。

 

カミングアウトしたきっかけは、うつになったのがかなり大きいです。

 

 

カミングアウトの背景にあったうつ病

ゲイをカミングアウトしたのは、「なんでこんなに生きづらいんだろう」と、うつ病による生きづらさを感じていたタイミングでした。

 

病院に行ったり、カウンセリングに行ったりする中で、自分の癖みたいなものに向き合う中で、「すごい秘密を持ってるよね、俺」と思って。普段、「俺」なんて言わないんですけど。

 

「ゲイを隠してることが、うつの原因の半分くらいだったらどうしよう…」ってずっと思っていたんですけど、なかなか言う勇気なんてないんですよ。

 

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でも結局、うつってすごく辛い。

 

寝ていても、半分起きている感じで。朝に寝て起きても、疲れが全く取れない。

 

死のうと思って、会社の車でアクセルをガーって踏みしめそうになったことが何回もありました。

 

人に会ったりもすることもできなくなってきましたね。

 

自分の中にある、隠しているものや怖いものに対して、ちゃんと向き合わないと解決しないという結論に達した時に、とりあえず「実は男の人が好き」と言ってみようって思ったんです。

 

今こうして笑って話せてますけど、当時の自分からすると、神様にカミングアウトするように言われても、「ゲイじゃないって言おう」って思っていたぐらいでした。

 

「カミングアウトしたところで、堂々と生きていけない」と思っていましたし、想像がつかないことだったんですよね。

 

 

カミングアウトをした当初

カミングアウトした直後は、人の反応が分からず、恐怖感がすごく出てきて、本当に「死のう」と思って自殺サイトを調べたりしました。

 

逆に、感情がなくなって、真っ黒のトンネルみたいなものが見える感じでした。感動もないし、悲しみとかの感情も凍る感じで。

 

「死ぬ時って人はこういう風になるんだろうな」って。

 

自殺する人って「自殺しよう」というよりも、魔が差して、自分でも衝動的になって死んでしまうと聞いたことがありましたが、何となくその状況に近いように感じていました。

 

だけど、自分のお葬式を想像したときに、遺影として残せる写真がないということに気付いたんです。「写真の1枚も残せなくて生きた人生って、絶対に呪縛霊になる」と思いました。

 

生きてるけど、いつも死にたいと思っていることって、「自殺しなくても死んでいるようなものじゃん」と思うようになって。

 

それから、「今の状況を受け入れて、自分が良い方向に変われるものなら飛びつく」って決められたんですよね。

 

 

OUT IN JAPANとの唐突な出会い

そしたら、Facebookで知らない人からメッセージが届いたんです。

 

その当時はゲイって言葉を知ってるぐらいでLGBTという言葉も知らなかったし、Facebook上ではLGBTの友達もいないはずでした。

 

LGBTの繋がりがないにも関わらず、OUT IN JAPANというに参加したという人から「同窓会でお世話になりました、ありがとうございます」ってお礼のメールが来て。

 

最初は、「同窓会?」「LGBTとかOUT IN JAPANって何?」と思っていたんですけど、メッセージを送ってくれた人の写真やプロフィールを見ると良い人そうだったんですね。ちょっと格好良くて(笑)

 

相手もクリスチャンだったこともあり、色々と話をしていくうちに、LGBTという言葉も知り、OUT IN JAPANで写真を撮ってもらえるということを知りました。

 

 

自分の写真が驚くほどキラキラしていた

撮ってもらった自分の写真を見た時、みんなも驚くほどキラキラしていて。「その写真を遺影にしたい」「それでカミングアウトして自殺しても本望だな」と思いました(笑)

 

OUT IN JAPANは倍率も結構高いと聞いていましたが、撮影に呼んでもらえて、そこで初めて、コーディネートしてくれる人にこの蝶ネクタイの小さいものをつけてもらいました。

 

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写真家のレスリー・キーが、人を見て瞬時にその人に合うポーズの指示をしていて、自分はこういう風(OUT IN JAPANでの森田和弥さんの写真はこちら)に言われたんですけど、撮影の時は「え、このポーズ?」「女子じゃないんだから」みたいな。

 

でも、そのポーズから女の子っぽい、男の子が好きな正直な自分を改めて発見し始めるきっかけになりました。

 

OUT IN JAPANでは、ただカミングアウトしたと言うよりも、本当の自分を見つけられたり、思い出したりできるようになってきたということがとても良い経験になったと思います。

 

 

OUT IN JAPANで自分が変われた

OUT IN JAPANを境に、雰囲気も人相もガラッと変わりました。

 

それまでは、迷彩柄とか、茶色とかグレーとか黒のような、やたら目立たない色の服しか着ていませんでした。

 

髪の毛も隠すような髪型をしていて、今とは全然違う雰囲気だったので、会ったら分からないかもしれないです。

 

うつ病は、いろんな方法で良くなっていく中で、最終的には病気の薬とかではなくて、栄養を摂ったりして、一生懸命頑張っている自分の身体が癒えると良くなる。

 

やっぱり、自分の心の在り方が重要なので、自分のことを好きじゃないのにうつを治そうとするのは難しいと思うんです。

 

だから、自分が好きな服を着ることも自分にとっては大切な治療という意識がありました。

 

続きは第2回へ

 

 

森田和弥さん全インタビュー

【Part1】ゲイ、うつ病、父の虐待…OUT IN JAPANで変われた

【Part2】「誰だって、人に言えない弱さや悩みはある」

 

 

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臨床心理士、精神保健福祉士、看護師、保健師、産業カウンセラー、支援機関の職員など、すでに多くの方にインタビューを行っています。ご自身が、有名かどうか、権威かどうかは関係ありません。

 

また、精神疾患などの当事者の方、メンタルヘルスや人間関係でお悩みの方などのインタビューも行っております。

 

これまでの経験・取り組みや、ご自身の想いを読者に届けていただき、Remeのミッションである「こころの専門家へのアクセスの向上」「こころの健康に関するリテラシーの向上」の実現のために、お力をお貸しいただけますと幸いです。

 

 

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