性に悩み、いじめられた18年間。LGBTs当事者の臨床心理士が伝えたいこと

2016.10.19公開 2020.05.07更新

LGBTのことを幼少期から誰にも言えずに悩み、高校までいじめに遭い、現在は臨床心理士として活動されている大賀一樹さん。

 

LGBTを取り巻く心理的な問題、周囲へのカミングアウトの問題、そして社会全体での問題など、心理の専門家とLGBT当事者という二面を持つ大賀さんにお話しいただきました。

 

〈インタビュアー 久保佳奈子〉

 

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幼少期から自覚していた性の違和感

性に関する違和感は、幼少期からずっと自覚していました。

 

そして、なかなか言えずに悩んで、ずっと隠して生きていました。

 

しかし、カウンセラーになりたいと思った時に、自分自身が隠れて矛盾した状態で生きるのは、接する人にも失礼だなと思うようになりました。

 

「自分自身が自分らしく生きられてないのに、その人の自分らしさとか幸せを考えられないんじゃないか」

 

と考え、今ではLGBTであることを公にして活動するに至っています。

 

臨床心理士・スクールカウンセラーを志したきっかけは、心理学に興味があったこと、生きづらさを抱えて生きていたこと、そして学校でいじめに遭ってきた経験が背景にありました。

 

私自身、いじめに遭い、いじめがトラウマを作ったり、あるいは成長の阻害、その人の自分らしさ、将来、希望を大きく削ってしまうことを感じたんです。

 

そういうことを無くしたい気持ちが強くあって、学校という場は嫌いなんですが、あえてスクールカウンセラーという職業を選びました。

 

いまだに、学校に対して色んな思いがあるのは事実です。

 

しかし、本当に悩んでいる子供をもし支えることができたら、学校に対する価値観も変わっていくかなという考えで、今の仕事をしています。

 

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幼稚園から始まったいじめ

いじめのきっかけは、幼少期からすごく女の子っぽかったことが大きかったと思います。

 

行動や振る舞いが、同じ世代の男の子と違うというか。

 

「この子は、なんで人と違うんだろう?」と言われたり、協調性が無いようにみんなに見られていました。

 

「なんで君はこうしないの?」といった感じでいじめられていました。幼稚園から高校にかけてずっとです。

 

その頃はまだ学生の狭い社会で生きるしか術が無かったので、ちょっと不良みたいになって身を守ってみたり、人を遠ざけて生き抜いたりと、少し不安定な時期でした。

 

反対に、「優等生になって先生からは好かれてみよう」とか頭の中でぐるぐる考えたりしながら、色々なことを試しながらやっていましたね。

 

東京に出てきたのは大学に入ってから。

 

いじめに遭っても、どこかで完全に自分を否定することはできないし、自分を否定して自殺といった方向に行ってしまうのは嫌だと思って、逃げるように上京しました。

 

実際に東京に出てみると、色んな見た目や振る舞いの人がいて、それが当たり前の文化になっているように感じました。

 

東京に来てすぐに、これまで私にあったような偏見が一切無くなったことを覚えています。

 

「これまでの18年間、なんでいじめられてたんだろう」って思うくらい、普通に自分自身が受け入れられたんですね。

 

覚悟を決めてカミングアウト

両親には大学院を卒業した年に、LGBTであることをカミングアウトしました。

 

もし、カミングアウトしたことで縁を切られてしまって、自分の人生自体が経済的にも成り立たなくなってしまったら…と考えたときに、学部生時代にはカミングアウトできませんでした。

 

大学院を卒業して、自立できると思ったタイミングでカミングアウトしましたが、結局そのリスクは考えなくても大丈夫でした。

 

相変わらず家族でいてくれたので、受け入れてくれてホッとしたことはよく覚えてます。

 

もちろん、カミングアウトすることに葛藤や抵抗はありました。

 

例えば、「将来、普通の会社員になって、普通に結婚して子どもを産んで…」みたいな気持ちがどこかにあるとしたら、それを踏みにじることになるのではという葛藤もありました。

 

ただ、カミングアウトしてもしなくても、LGBTであることは結局変わらないなんです。

 

そのことをちゃんと伝えないと、この先ずっと嘘をついていくことになるのも嫌でした。それで「伝えるしかない」という覚悟ができました。

 

でも、カミングアウトしたことで家族が思い悩んで家族自身が孤立したり、最悪の場合、自殺してしまうケースもあると知りました。

 

そんなことがないように、カミングアウトと同時に、家族のサポートに関する本を一緒に渡したりして家族のケアも考えていました。

 

臨床心理士になると決めた大学時代

臨床心理士になろうと決めたのは、21歳の時。

 

ちょうど就職の時期がリーマンショックで、就職率も下がっている中で、自分が本当にやりたいことって何なんだろうということを考えたんです。

 

そこから、自分と同じようなLGBTの当事者の方に会いたいと思って、あるサークルに入って色々な人に出会いました。

 

それまで私は少しうつ気味で、あまり将来も描けていませんでした。

 

でも、そのサークルで自分と同じような当事者の人とたくさん出会って、すごく勇気をもらって自分が救われた感覚がありましたね。

 

それをきっかけに、自分よりもっと下の世代の人が、これから生きていく中で、

 

「もし自分と同じような悩みを抱えて生きていくのは本当に悲しいことだな」と。

 

将来、大人になっていく世代の人々が、少しでも不安を抱えずにストレスを人に話せるような風潮になってほしいなと思い、臨床心理士になろうと決意しました。

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近藤雄太郎

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  • 本コンテンツは、特定の治療法や投稿者の見解を推奨したり、完全性、正確性、有効性、合目的性等について保証するものではなく、その内容から発生するあらゆる問題についても責任を負うものではありません。
  • 本記事は2016年10月19日に公開されました。現在の状況とは異なる可能性があることをご了承ください。

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