中学生でのいじめ、不登校…原因や当時の様子とは?【河合未緒さん Part1】

2016.12.21公開 2017.06.19更新
 
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今回は、不登校の子どもたちや、そのような子どもたちを持つ親御さんたちを支援する河合未緒さんにお話を伺いました。

 

河合さんは、ご自身も不登校で悩んだ経験があり、今回のインタビューでは、不登校で悩んだ過去や、それをどう今に活かしたか、現在の仕事や今後の展望などについてお話頂いています。

 

第1章は、河合さんの原点でもある、不登校で悩んだ子ども時代についてお話を伺います。

 

 

不登校の子どもたちや親御さんを支援

現在、自分自身の経験を活かして、不登校の子どもたちやそのご家族を支援する会社を経営しています。

 

不登校の子どもたち同士がインターネット上で知り合うことができ、「つらいのは自分だけじゃないんだ」と感じられるコミュニティーをWebサイトで作っています。

 

サイトでは、元不登校の方やカウンセラーの方ともつながれるので、一人でも多くの子どもの気持ちが楽になれば良いな、という想いで運営しています。

 

 

中学校時代のいじめ

私の親は転勤族だったんです。だから3年に1回くらいは転校していました。それもあって、昔から心から信頼できる友だちがなかなかできませんでした。

 

あとは、もともと内向的な性格で、目立つ方でも目立たない方でもない、ごく普通の子どもでしたので…。

 

その土地土地には昔からのつながりというか、高い親密感がありますので、頻繁に引越しをしている者がすぐに馴染むのは難しいですよね。

 

孤独だったのは「転勤族だった」というのも原因にありますし、あとはちょっとしたことも重なって…「いじめ」に合っていた経験があります。中学1年生の頃でした。

 

仲良くしていたグループの女の子と好きな子がかぶっちゃたんですよ。大人になって振り返れば、なんだそんなこと、って感じなのですが、まだ中学生にとっては結構大きい問題です。

 

たまたまグループ内の中心的ポジションにいた女の子と好きな子がかぶってしまって、それで、いじめのターゲットにされてしまったんです。

 

いじめられたことがショックだったというよりも、それまで仲良くしていた友だちが次々と手のひらを返したように冷たくなっていったことがショックでした。

 

それから人間が信じられなくなっていきましたね。

 

 

「いじめられてないから大丈夫だよ」

学校の先生に相談しても、私が受けていたいじめは、無視されたり陰口を言われたりする類のものでした。

 

「椅子に画びょうを置かれた」

「靴を隠された」

 

といった確実な証拠があるわけではないので、先生からは「いじめられてないから大丈夫だよ」と言われて。

 

先生に何回もそう言われるので、「あ、そっか。いじめられてないのかな」なんて思い始めるようになりました。

 

でも、そう思い込んだところで、いじめられている現実は変わりません。

 

無視とか陰口に関しても、自分のことを言っているのかそうでないのかも良く分からなくなっていき、周りの人がどんどん信じられなくなってしまいました。

 

軽いノイローゼのような状態でしたね。それから急に学校に行くことができなくなってしまったんです。

 

 

どこにも居場所がない

義務教育だと、学校に行けなくなったら、もうどこにも行く場所がないんです。

 

基本、学校と自宅にしか居場所がないので。学校に行けなくなったら、家にこもるしかないんですよね。

 

その頃の私の両親は、人目を気にするタイプの人でしたので、私が学校に行けないことで世間体を気にしていて、「イヤだって言っていないで学校に行きなさい」と言われていました。

 

でも、いくらそう言われても、行けないものは行けません。そのうち、学校に行けない自分のことが段々情けなくなってきて。

 

自分で自分を責めるようにもなってしまいました。負の連鎖ですね。

 

 

寝るかネットをするかの生活

病院には行きました。「軽い操うつ病みたいな感じだね」と言われて。

 

学校に行っていないときに何をしていたかというと、ずっとインターネット。寝ているかネットをやるか、という感じです。

 

当時は、不登校の子どもたちが集まるようなサイトはなかったので、インターネットで何か救われた、とかそういう経験はなかったのですが、とりあえずインターネットをやっていました。

 

勉強は割と好きな方だったんですが、家で勉強すると学校を思い出してしまって、精神的にきつかったですね。

 

精神的な部分を解決することを優先して、精神科にも通ったんですが、ちゃんとした病名はつけられましんでした。

 

スクールカウンセラーも当時はまだいなかったので、自分の状況を相談できる人も、分かってくれる人もいなくて本当に孤独でした。

 

でも、インターネットのチャットで知り合った同じ状況の子と会って話したり、遊んだりしていました。

 

 

誰にも相談できなかった

いじめを受けていたときは、誰にも相談することはできませんでした。

 

いざ学校に行けなくってからは親に打ち明けられましたが、両親は人目を気にして「学校に行け」と言うばかりで、本当に私のことを心配してくれていなかったような気がします。

 

そういう気持ちを敏感に感じてしまう子どもだったこともあり、相談できなかったのでしょう。

 

本当は、学校に行けなくなってしまう前に誰かに相談しておくべきだったな、と思います。家族じゃなくても、例えば幼馴染の友だちがいたりだとか。

 

私の場合、転勤族だったので、どうしても「昔からの友だち」という人がいなくて。

 

大人になってから思い出したんですが、昔、文通していた友だちがいて、中学高校時代に文通を続けていたら、もしかして何か変わっていたかもしれないな、とは思いましたね。

 

 

つらかった不登校が教えてくれたこと

不登校になってしまった原因は自分にもあると思うんです。

 

その頃の私は、少し「上から目線」的な部分がありました。

 

勉強は一番じゃないといけない、何点以下はダメだ、みたいな完璧主義者のような面がありましたから。そういう面が良くなかったのかもしれません。

 

とは言え、不登校で苦しんだ経験はとてもつらいものでしたが、自分に与えてくれたこともあります。

 

自分のダメな部分を見つめ直せたし、学校に行かなくなったことで、自分や他人を上辺だけで判断しなくなっていきました。

 

逆に、不登校を経験していなかったら、人として嫌な人間になっていたのかなと。

 

でも、あのとき、一人でも気持ちを分かってくれたり、同調してくれる人がいれば何か変わっていたんじゃないかと思います。

 

当時は、誰にも自分の苦しみを理解してもらえない、と思っていて本当につらかったんですよ。

 

 

人と話すのが怖かった

高校は、定時制高校に入学しました。卒業するためには毎日出席しなければならないという決まりは一応ありましたが、単位制だったので多少は緩くて。

 

きっちりという感じじゃなく、徐々に学校生活に慣れていけば良い、というスタイルがその頃の私には合っていました。

 

ただ、高校に入ったからと言って、状況が急に変わるわけではありませんでした。

 

しばらくは人と話すことが怖かったですし、会話の中でも「うん」とか「すん」とか、適当な返事しか言えませんでしたよ。

 

高校で色んな出会いがあり人間不信は治り、その後の進学で自分に自信が持てたんですが、人と深く付き合うことに対しての苦手意識はなかなか克服出来ませんでしたね。

 

同じような経験をした人でも、すんなりと元の生活に戻れる人は多いので、私は結構悩んだ時期が長かったのかもしれませんね。

 

続きは、第2章へ

 

 

河合未緒さんが取り組む活動

不登校インタビューメディアLoad

不登校生のためのマッチングサイトClue

 

 

 

インタビューを受けてくださる方、募集中です

臨床心理士、精神保健福祉士、看護師、保健師、産業カウンセラー、支援機関の職員など、すでに多くの方にインタビューを行っています。ご自身が、有名かどうか、権威かどうかは関係ありません。

 

また、精神疾患などの当事者の方、メンタルヘルスや人間関係でお悩みの方などのインタビューも行っております。

 

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