ゲイを病気扱いされ、死を考えた過去。ただ生き延びるために必死だった

2017.03.17公開 2020.06.02更新

ゲイを病気扱いされた

そこでカウンセラーへ相談しに行くと、自分の精神障害や虐待のこと、好きになった人が死んでしまったことは話せても、自分がゲイだということはどうしても言えませんでした。

 

ただ、トラウマの話をしていくときに、自分がゲイだっていうことは、どうしても言わざるを得なくなって、

 

「実は、亡くなった好きな人というのは男の人で、自分はゲイなんです」って言ったんです。

 

すると、「じゃ、村上さんは女装がしたいの?」とか「女性になりたいの?」みたいなことをカウンセラーの人が言ったんです。

 

それはゲイではなくてトランスジェンダーだぞと思いながら、「ああ、そうか、知らないんだな」ということをすごく実感しましたね。

 

それで他のカウンセラーだったら、わかってくれるかなと思って、違う所に行ったのですが、今度はそこで

 

「ゲイなんですね、じゃあ、それも治していきましょうね」

 

と言われ、深く絶望しました。

 

もともと、DSMの中で同性愛は治療する精神障害とされていた時代があったので、今思うと致し方なかったのかもしれません。

 

ただ、自分の性的志向というものは、病気のたぐいではない感覚があったので、「治す」という言葉にすごく違和感がありました。

 

当時、精神医学では「同性愛は病気ではない」と知っていたので、そのカウンセラーがゲイを病気扱いにされたことがショックで、今度はカウンセラー不信になってしまいました。

 

カウンセラーがゲイということをよく知らない。じゃあ、どうすればいいんだろう…というところで、またリストカットを繰り返すようになりました。

 

そのまま人生を終えるか、それとも、もう少しチャレンジしてみるか悩んでいる時に、「チャレンジするとしたら、どうすればいいのかな」と考えてみたんです。

 

そのときに、この社会の中に自分を助けてくれる人や自分の求めるカウンセラーがいないなら、自分で自分を助けられる存在になれば良いんじゃないかなと思ったんです。

 

「それがうまくいかなかったら死のう」みたいな感じで、カウンセリングや心理学をちゃんと勉強してみようと思ったときに、外にも出られるようになりました。

 

その決意が引きこもりを抜けるきっかけにもなったんですけれど、貧乏だったので、大学に通いながら、心理学の勉強をすることは、すごく難しいことでした。

 

奨学金をもらい、アルバイトをしながら学費を払っていたので、そこに新たに心理学やカウンセリングの勉強って難しいなと思いましたし、心理学部に転校するというのも、ものすごいお金がかかるので難しいみたいな。

 

だったら、大学を卒業して、働いてお金をためて、そして勉強しようと思ったときに、何かすごく前向きになれたと思います。

 

その後、働き始めて、自分を助けるために心理学やカウンセリングを勉強し始めたのが、2005年ぐらいだったと思います。

 

人を助けるとか、そんな大それたことは、当時は考えることもできなくて、ただ自分が生き延びるために必死でした。

 

2007年には自分の状態がよくなっていたのですが、インターネットで「ゲイ カウンセリング」「ゲイ カウンセラー」と調べてもカウンセラーもいなかったんですね。

 

「自分が求めている存在がまだいないんだな」と思ったときに、自分がすごく欲しかったものがまだないんだったら、自分がそれをやろうと。

 

家族にはゲイであることをカミングアウトしていましたし、友人も同じゲイの方たちが多かったので、「自分がゲイだ」ということをあらわにしても、それ以上悪くなることは少なくともなかったので。

 

なので、ゲイということを公表しつつ、カウンセラーの仕事を始め、今運営しているカウンセリングルーム「P・M・R」を創ることに至りました。

 

カウンセラーとして開業

独立開業型のカウンセラーとして仕事を始めたんですけれど、いきなりお客さんが来るわけではなかったので、ダブルワークをしながら始めました。

 

幸運だったのは、私が高校や大学でビジネスについて勉強していたことが本当に大きかったと思います。

 

いいサービスを提供していれば売れるわけではなく、そのサービスを必要としている人のところに届かなければ意味がない、という考え方がビジネスにありますけれど、それをきちんと実践できたということが大きかったと思います。

 
あとは、セクシュアルマイノリティー当事者が、安心してカウンセリングを受けられる場所が限られていたことも大きいかもしれません。
 

インターネットという開かれた場所で、ゲイでありカウンセラーであるということを公表している人が私ぐらいしかいなかったので、割と全国からすぐにご依頼は入るようになってきました。

 

カウンセラーとしての大きなエピソードとしては二つあります。

 

一つは、家業として農業をしている方のエピソードです。ご実家が農家ということもあり、農業系の大学を出ていて、一人っ子なんです。そして、ゲイなんです。

 

その方は、いわば家を継ぐ人なわけですよね。農家を継ぐか、家業を廃業するかというところで、親御さんとしては継いでほしいという期待もある。

 

ただ、継ぐとなると、お嫁さんをもらわないといけないんですね。

 

その方としても、家業を継ぎたいし、農業もしたい。でも、そのためには女性と結婚をし、子どもをもうけなければいけない。

 

「ゲイである」ということも、その方にとっては大事なことだったので、どう折り合いをつけていいのかというところで、非常にすごく苦しんでおられたんですよね。

 

その方と接する中で、すごく感じたのは、セクシャルマイノリティーは、確かに性の少数者ですけれど、恋愛だけが私たちの課題ではないということです。

 

性的志向や性自認に関するマイノリティーなので、性や恋愛に苦痛があるんだと多くの方はよく思われるんですが、それだけではなくて、家族関係もそうだし、仕事や人間関係、生き方全般的に課題であるということを、改めて実感した機会になりました。

 

二つ目のエピソードは、お子さんから「ゲイである」とカミングアウトをされたお母さんとのときです。

 

そのお子さんがあるとき自殺未遂をされて、その結果、ゲイであることをカミングアウトされたというお母さんでした。

 

「自分の育て方が間違ったんじゃないか」とか、「家族に相談していいか分からない」というように、子どもがゲイであるということをカミングアウトされたことによって、お母さんが孤立化してしまったんですよね。

 

友人や親戚、ご近所にも相談なんかできない…。でも、自分の子どものことなので力になりたいし、できることを探したんだけれど、どこにも行き場がないんですよね。

 

そのお母さんが話してくださったときに、LGBTの心理支援というのは、何も当事者だけではなくて、当事者を取り巻く方々全てに及ぶことなのだなと感じました。

 

カミングアウトをした当事者は、味方を得るので楽になるし、前向きになれることが多い一方で、カミングアウトを受けた人は、その瞬間からマイノリティーになるんですよね。

 

そういうことに気付かせてくださったのが、お母さんのそのお話でした。

 

 

「孤独と孤立は違う」

まず、「孤独と孤立は違う」ということです。

 

孤独であるということと、集団の中で独りぼっちになるというのは、似ているようで違うということを伝えたいです。

 

二つ目は、「違うものは違うでいい」ということです。

 

無理に同じになる必要はないし、違いがあるから、マイノリティーやマジョリティーのような概念があるわけで。

 

それらは決して悪ではないので、違うものは違うままで、違うもの同士が互いに共存することが大切だと思います。

 

これまで、当事者や周辺家族の心理支援、マイノリティーの支援をしたい方へのコンサルティング、企業や学校での研修、LGBTの心理を背景とした心理学講座をやってきた上で、今、取り組んでいるのが「人材育成」なんですね。

 

私がカウンセラーとして、一人でできることはとても小さいので、LGBTQI、それぞれの当事者のカウンセラーを育てたり、カウンセラーと出会うことで、チームをつくりたいなと思っています。

 

その中には、LGBTの家族という当事者のカウンセラーもいてほしいですし、既婚のLGBT当事者のカウンセラーもいてほしいと思います。そういった、あらゆる当事者のカウンセラーでチームをつくりたいなと思っています。

 

あとは、少し話が変わりますが、ここ何回かのオリンピックでは、LGBT当事者のアスリートたちがオリンピックという舞台でカミングアウトをするということが行われています。

 

実際、セクシャリティーを開示できるくらいの安全な環境というものは、人のパフォーマンスを上げると言われています。

 

ですので、そういったマイノリティーのメンタルサポートチームとして、東京オリンピックにかかわれることも目指しています。

 

自分が望む人生を生き始めるのに、遅過ぎるということは決してないと思います。

 

この記事を読んでくださっている方が何歳であっても、いつからでも自分らしい人生は始めることができるので、諦めないでほしいと思いますし、命を捨てないでほしいと思います。

 

命を捨てる勇気があるなら、ぜひその勇気を、声を上げることに使ってほしいと思います。

 

命を諦めたり、人生を終わらせる…。それくらいの力があるのなら、たった一言「助けて」という、その言葉を発信する勇気に変えてほしいと思っています。

 

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近藤雄太郎

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  • 本記事は2017年3月17日に公開されました。現在の状況とは異なる可能性があることをご了承ください。

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