世界一明るい視覚障害者の原点とは?【成澤俊輔さんPart1】

2017.01.14公開 2017.04.24更新
 
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NPO法人FDAの理事長で、「世界一明るい視覚障害者」というキャッチコピーで活動を行っている、 成澤俊輔さんへのインタビューです。

 

最近では、ハーバードビジネスレビュー「U40これからの日本を変える20人」に選出されたり、NHKのハートネットTVで密着取材を受けたりと、各方面から注目されています。

 

今回のインタビューでは、成澤さんの少年時代からさかのぼり、様々な現実に葛藤しながらも、現実のご活躍に至るまでについて、4回シリーズでお届けします。

 

 

視覚障害、ひきこもり、うつ

はじめまして。成澤俊輔です。現在31歳です。僕には当事者として3つの立場があります。

 

1つは、1万人に1人といわれている網膜色素変性症という、視覚障害の当事者としての立場です。

 

3歳の時に家族で花火をしていて、燃えかすをバケツに入れようとした時に、バケツの場所がわからなくなり、「暗いところが見えてない」ということに気づき、病気が判明しました。

 

当事者としての2つ目の立場は、大学時代の2年間、ひきこもりをしていたことです。

 

当時は、障害のことを誰からも理解されず、部活も漫画もゲームも出来ないから人とも仲良くできないし、勉強だけやっていようと勉強ばかりしていました。

 

「偏差値が自分の価値」だと思っていたくらいだったんです。

 

それなのに、大学2年生のときに必修科目を落としてしまって、自分の支えの勉強ですらできなくなったと思ってしまったんです。

 

そこから、自分をどうやって保っていけばいいのかわからなくなり、約2年間ひきこもりの状態にありました。

 

3つ目が、社会人になって過労でうつ状態になったことです。20代前半にコンサルティング会社で仕事していたんですけど、ある日会社に行けなくなってしまったんです。

 

精神科に行って、うつ状態だということがわかりました。

 

オーバーワークによる過労もありましたが、目が見えない中、ノリと経験と勘とキャラで、周りと同じように仕事をやってきたひずみが出てしまったようでした。

 

こういった感じで、僕は当事者として、目の病気があること、大学でひきこもりになっていたということ、うつ状態になり、会社に行けなくなったことがあります。

 

 

僕だけ眼科に通っていた

視覚障害に関して、小学校2年生くらいの頃から眼科に通い始めていました。

 

視覚障害のことを親から何か告知されたことはなかったんです。眼科には学期ごとに通っていましたが、みんなも眼科に通っていると思っていました。

 

今思えば、眼科に全然子供がいなかったのですが、クラスの人に「眼科行った?」って普通聞かないじゃないですか。

 

だから、学期ごとに眼科に通っているのが僕だけだとは知らなかったんです。

 

でも、サングラスをかけなきゃいけなくなって、みんな眼科に行っているかもしれないけど、みんなはサングラスかけていないしなぁと思って、自分は周りの人と違うのかなと感じ始めるようになりました。

 

 

視覚障害と両親の葛藤

中学の時、僕に視覚障害の病気のことを伝えるかどうかで、両親の意見が分かれたんです。

 

ガンでお姉ちゃんが死んだこともあって、鹿児島出身の肝っ玉かあちゃんは、「目の病気について早く教えたろ」という考えでした。

 

でも、医者である父は、お姉ちゃんがガンで亡くなって、僕まで難病で…という状況で、説明することも苦手ということもあり、「医者の私の子供がそんなはずない」となって、両親が病気をどう伝えるかでせめぎ合っていました。

 

そんな中、中学の時に転機が2つありました。1つ目は、母が僕の眼科の通院結果を記録していた「しゅんすけの目のノート」というものをつけてたんです。

 

そのノートをこっそり押入れから出して見てみると、

 

「何か、やばいことが書いてある気がする」

「俺は普通のきっと人間じゃないんだな」

 

って何となく思うようになりました。

 

2つ目は、今の担当医の先生と中学2年の時に出会ったことがあります。母親が、患者の会みたいなところに行って、その先生を見つけてくれました。

 

その後、片道2時間くらいかけて、その先生がいる大きな大学病院に行ったんです。診察の時に、先生の後ろ10人くらい医者が並んでいて、1日中検査でした。

 

俺の目が動こうとしていると、「黄色いサングラスの方が見やすいでしょ?」「緑の方がいいでしょ?」「オレンジの方がいいでしょ?」と言われたり、

 

「こういうことってやりづらくないか?」など、猛烈に色々と聞かれて、「あれ、俺の人生動き始めたな」っていう感覚になったことを覚えています。

 

 

視覚障害でいじめられる

小中学校の頃は、目の病気のことでいじめられたりして、「なんか人と違うな」とは思っていました。

 

でも、目の病気を最初に障害として認知したのは、サングラスではなくて、林間学校で肝試しに参加できなかった小学校4年生の時でした。

 

その時、肝試しに参加できなかったのは、骨折している男の子と僕だけで、その時発狂するくらい泣きました。

 

「なんで、林間学校行って、肝試しできねんだよ」って。

 

林間学校に行っても楽しめないことは、もちろんわかっていましたし、事前にお母さんと先生が色んな調整をして上手く段取りしていたと思うんです。

 

でも、骨折して松葉杖付いてる子と一緒に、待ってなきゃいけなくて、

 

「俺、取り残されてるなぁ」

「差別されているんじゃないかな」

 

って、すっごい思いましたね。

 

でも、お母さんには本当、よくやってくれていたと思います。

 

中学と高校の時は、9割ぐらいは送り迎えしてもらっていたんです。お母さんができることは、それくらいしかないからと思ってやってくれていたんですよ。

 

それは本当に感謝してもしきれないなぁと思います。

 

旦那が大学教授で、お姉ちゃんガンで亡くなって、僕は難病でって…。普通は生きていけないですよ。気が狂うと思うんですよ。

 

それなのに、母はいつも明るくて元気で。僕の良いところは全部母からきていると思っています。

 

 

優等生として生きていこう

視覚障害で目が見えないことがすでにマイナスで、周りから取り残されている感じを感じる毎日でした。

 

僕の場合、そこから努力して、頭が良い、上手く話ができる、となってようやくプラスマイナスゼロという感じでした。

 

そこで、プラスマイナスゼロになるために、何か武器を見つけようと色々と考えてみたんですね。でも部活もできないし、何か取り柄があるわけでもない。じゃあ、とりあえず勉強しようと。

 

優等生で生きていこうと思って、夏休みや冬休みが塾に超行きました。勉強している時は向かっていく目標があり、受験戦争万歳みたいな感じで死ぬほど勉強しましたね。

 

 

視覚障害者はどう生きる?

大学入学後は、自分みたいな目の病気を持っている人がどうやって生きてきたのか知りたかったのと、自分のモヤモヤ感が整理されると思って、社会福祉の勉強をしていました。

 

でも、そもそも僕みたいに障害があると、好きな大学を受けられませんでした

 

高校三年生の夏に、診断書などの書類を受ける可能性がある全大学に送って、大学側がOKと言うところしか基本受けられなかったんです。

 

例えば、大学にいるお医者さんが「なかなか難しいと思います」って感じだったり、「うちの大学ではそんなに支援が出来ません」など学校によっていろんな反応がありました。10年前の話なので、だいぶ変わったと思いますが。

 

それで結局、いくつかの学校に障害に関する書類を送って、受験できる学校が限られる中、絶対行かないだろうと思っていた埼玉県立大学という所に行くことになったんです (笑)

 

 

俺の人生って厳しいんだな

大学生活で、いろんな知識は得られましたが、大学は嫌でした。

 

なぜかというと、いわゆる健常者の先生が出てきて、「お前ら、障害者はな…」って授業するわけです。

 

当然、僕としては「ちょっと待てよ」ってなりますよね。「あなたは、教授として偉いかもしれないけど、こっちは20年キャリアの障害者ですよ」と。

 

障害者の気持ちは、こっちの方がわかっているんじゃないかなって思うようになり、この人たちから学びたくないなと思ったのが理由の1つです。

 

2つ目は、県立の大学で学費も安いせいか、漫画読んだり、アイスを食べながら授業を受けたりしている周りの人と、自分の状況にギャップがありすぎたということがありました。

 

また、障害者福祉論という授業で「障害者ってね…、障害者ってね…」って聞くたびに、一人泣けてきたんですよ。

 

「あぁ、俺の人生って厳しいんだな」って突きつけられている感じで。

 

福祉に関して大学で勉強したけれど、福祉における人材を養成する過程には結構、疑問視するところもありましたね。

 

続きは、第2回へ

 

 

成澤俊輔さん全インタビュー

【Part1】世界一明るい視覚障害者の原点とは?

【Part2】2年間のひきこもり生活とウソ

【Part3】人のために初めてエネルギーを注いだこと

【Part4】FDAは「大丈夫だよ」を発信し続ける場所

 

 

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成澤さんが理事長を務めるNPO法人FDAでは、様々な理由で働けない方々へ、就労支援を行っています。

 

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また、精神疾患などの当事者の方、メンタルヘルスや人間関係でお悩みの方などのインタビューも行っております。

 

これまでの経験・取り組みや、ご自身の想いを読者に届けていただき、Remeのミッションである「こころの専門家へのアクセスの向上」「こころの健康に関するリテラシーの向上」の実現のために、お力をお貸しいただけますと幸いです。

 

 

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