父の自殺。母との関係。生きている気がしなくなった17歳【竹内瑠美さん】

2019.03.31公開 2019.04.02更新

今回は、ご自身の経験を通じて「自己肯定感を高めるシンプルな方法」などブログで発信されている、竹内瑠美さんへのインタビューをお届けします。

 

>>【Part2】フィジーと栃木で気づいた自分と本音を話せる初めての存在

>>【Part3】「こうやって今、ちゃんと生きているから大丈夫だよ」

 

夫婦でフリーランス

はじめまして、竹内瑠美と言います。

 

現在は、夫婦でCapybaraDesignというデザインユニットを組んで、主にベンチャー企業のweb領域のお手伝いをしています。

 

「どっちが所長」みたいな上下関係もなく、とてもフラットな感じで働いています。

 

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10歳、父の突然の死

子どもの頃は、「言いたいことが言えない…」なんて気にしない勝ち気な子でした。

 

ただ、10歳のときに父の死があって…。自殺だったんです。

 

あまりに突然で、すごくショックで。当時のことをあまり覚えていないくらい。

 

お葬式のときの数少ない記憶として、「泣いちゃいけない」とすごく思っていたことは今も覚えています。

 

お葬式中、お母さんが悲しみに暮れすぎていて、

 

「ここで私が泣いてしまったら、お母さんをより悲しませてしまう」

 

と、泣くことをすごく我慢していました。と同時に、

 

「これから私がお母さんを支えるんだ」

 

みたいな謎の正義感も、自分の中に強くインプットされるようになってしまったと思います。

 

その後、家庭もぐちゃぐちゃな状態で、環境を変えようと半ば逃げるように、私立の中学校に行ったんですよ。

 

でも、お母さん1人ではやはり経済力が正直無くて…。

 

中学に入ってすぐに、「高校は学費が安い都立に行かなきゃダメだ」と決意しました。

 

通っていた中学は偏差値がとても低い学校で、ひたすら暗記型の勉強をしていました。

 

猛勉強していたので、中学校ではずっとトップの成績を取りつつ、受験への不安がゆえに、

 

「勉強しなきゃしなきゃ」

「勉強していない自分はダメだ」

 

と強迫性っぽい感じになっていたと思います。完璧主義でもありましたし。

 

 

憧れの高校へ

念願の都立高校には無事入れました。

 

高嶺の花だと思っていた高校に入れて「やったー! 」ではありました。

 

そして、さらに最初のテストで学年1位を取っちゃったんです。

 

「憧れで入った学校で、学年1位を取れちゃった…」という驚きと嬉しさがありつつ、

 

「このまま、学年1位をキープして推薦を取ろう」

 

と自分の中で決めちゃったんですね。お金をかけずに進学するために。

 

そこからやっぱり、ずっと勉強し続ける日々になってしまい、寝ているとき以外、ずっと勉強しているような生活でした。

 

お風呂も入っていても、道端を歩いていても、勉強。今思うとマジで狂気です。笑

 

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そのときの心の拠り所は「勉強している私」。

 

「勉強している私」がアイデンティティになりすぎてしまっていました。

 

「勉強をしていない私はダメだ」

「勉強をしていないと自分の価値が無い」

 

といった部分が、勉強をすればするほど強化されていくというか。

 

テストの点数が良ければ褒めてもらえるし、勉強を否定する人は誰もいなかったので、勉強することを盲目に信じていた感じでした。

 

友達関係でいうと、高1のときに仲良かった子には、

 

「瑠美は要らないことにもすごく気を遣うよね」

「私、友達なのにすごく気を遣われてるよね」

 

と言われるくらい、嫌われたくない思いや相手の顔を気にする面がありました。

 

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  • 本コンテンツは、メンタルヘルスに関する知識を得るためのものであり、特定の治療法や投稿者の見解を推奨したり、完全性、正確性、有効性、合目的性等について保証するものではなく、その内容から発生するあらゆる問題について責任を負うものではありません。

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