「精神疾患を隠さなくてもいい世界だったら、どんなに楽だろう」

2019.05.07公開 2020.05.27更新

自分の根本と向き合うために

病院に何年も通っていると、「投薬って対症療法なんだよね」と薄々気づくようになっていました。

 

最初に診断されたとき、「性格から来ているものもある」と言われたので、

 

「自分の根本と向き合っていかないと変わっていけない」

 

と、精神科に併設されているカウンセリングルームに通い始めました。

 

カウンセリングは2週間に1回ほどで、幼少期の頃から根掘り葉掘り聞かれまくりました。

 

色々と聞かれる中で、

 

「自分の幼少期にこんなにトゲがあったのか」

「それって本当に自分だったんだろうか」

 

といったことを考えたりして楽になる部分もあるけど、しんどくもあったりする。

 

カウンセリング中にガンガン泣くこともありました。

 

そうしてカウンセリングの回数を重ねていくうちに、

 

「なんとなく自分で方向性見えたかも」

「あ、なんかちょっと変わったかも」

「もう大丈夫でしょ」

 

と通うのことを止めちゃったんですよね。精神科の通院もサボっていたこともあって。

 

まあ、焦りですよね。

 

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ただ、「書くこと」を通じて自分と向き合うための工夫は色々としていました。

 

例えば、カウンセリングに行く前に、あらかじめ話したいことをメモしておいて、カウンセリング後に、カウンセラーとの会話内容をメモしていました。

 

それ以外にも、

 

たまったストレスをバーッと書く「リフレッシュノート」

考えたこと・思いついたことを書く「思考ノート」

 

なども作っていましたね。

 

恥ずかしくなって消したブログもありますけど、

 

「対外的に言っていることと自分が本当に思っていることって実は乖離があるんだ」

 

など色々感じたりできたので、それはそれで良かったと思っています。

 

書くことが何よりも好きなので、これからも「書く」ことだけは絶対に止めないと思います。

 

「隠さなくてもいい世界だったら…」

フリーランスとして活動している今も、休むことはすごく難しいことだなと思っています。

 

うつや何らかの精神疾患を隠しながら生きている人って実はすごく多いと思うんです。

 

こういうインタビューで「顔出ししたくないです」という人ももちろんいっぱいいると思うし。

 

それは個人個人の考え方なので、全然良いとも思うんですけど、

 

「隠さなくてもいい世界だったら、どんなに楽になるだろう」

 

というのはずっと感じています。

 

自分自身、精神疾患のことを隠さなくなってすごく楽になったので。

 

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「休みながら生きてますよ」

そんな私にできることってなんだろうと考えたときに、

 

「休みながら生きていますよ」

 

という提示なのかなとは思っています。

 

働き方や頑張り方って教わると思うんですけど、休み方って教わった記憶も無いんですよね。

 

私が大学を休学をしたときも、留学などの「意識の高い休学」だったらまだしも「精神疾患での休学の仕方」なんて全然知識が無い状態でした。

 

休み方を習ったこともなければ、むしろ休むことって「怠け」とか「悪」だと教わってきた側面もあったりして。

 

だから難しくて当然だと思うんですよね。

 

だからこそ、休み方に悩んでいる人がいるなら、ちょっとでも気持ちが楽になれる活動をしてしていきたいと思っています。

 

今、運営しているサイトでも「もっと休んでもいいんだよ」というメッセージを提示しています。

 

「生き急ぐんじゃなくて、遠まわりしてもいいし、回り道していきませんか?」と。

 

栃木では古民家に住んでいるので、ドリップコーヒーを淹れたりして、日常から離れてのんびりできる時間を提供する…なんてこともやってみたいですね。

 

「頑張っちゃいけない」を頑張ってた

2018年はなんだかんだ、色んなことを頑張っていたと思います。

 

というか、これまでの人生ずっと頑張っていたんだと思います。

 

頑張ることを肯定されて生きてきたんでしょうね。

 

「頑張らない自分に価値はない」と思っていた部分もありました。

 

それで最近、「頑張る」って言葉の意味とかも色々調べていると、

 

「頑張る」って「眼を張る」……

 

「眼を張って生きているって、めっちゃ疲れるやん! 」って気づいて。笑

 

それで、頑張るの止めようと思ってしばらく生きていたら、あることに気づいたんです。

 

「やばい。今度は頑張らないことを頑張ってる」って。笑

 

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「頑張っちゃいけないことを頑張る」という、もうなんだかよく分からない状態になっていました。

 

「頑張っていた」が急に「頑張らない」にはならないですよね…。

 

頑張っているときにブレーキを効かせることは、前よりできるようになったとは思います。

 

ただ、頑張らないことを無理に続ける必要もないし、頑張っている自分を否定することもないんですよね。

 

ウサギとカメでいうならば、カメのように。無理のない自分のペースで生きていくことを意識していたいですね。

 

生きていてもいいと思わせてくれた存在

私自身、不安が強いし、パニックを起こすことも多いし、ひとりになるとぐるぐる思考が止まらないことも多いです。

 

変に意識高い系な感じで、無駄に「あれしたい」「これ試したい」とか躁状態みたいな部分もあります。

 

プライベートと仕事を区別するのがすごく苦手なので、休職中も会社の話ばかりしていました。

 

でも、親は過剰に心配しますし、実家ではなんとなく閉塞感がありました。

 

そういった状況において、付き合っている彼の存在はとても大きいと感じています。

 

必要以上に心配されたり、質問攻めにならずに、苦しそうな状態でも「私は私だよ」と受け止めてもらえるのはすごく嬉しいですよね。

 

インスタとかのSNSを眺めていると、キラキラした生き方や「笑ってなきゃいけない」みたいに感じることもありますが、

 

「どんな状態でも大丈夫だよ」

 

と、言ってくれる存在はすごくありがたいなと思っています。

 

自己肯定感もとても低かったんですけど、何をしても「ありがとう」が返ってくるので、

 

「ああ、生きていてもいいんだ」

 

と思えるようにもなりました。

 

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1番すごいなと思ったのが、何もできなかった日に「息をしていてくれてありがとう」って。笑

 

以前の私は、

 

「今はこんなことができない」

「前だったらできたのに」

 

と、出来ていた頃の自分と比較して、ずっと無い物ねだりをしていました。

 

今では小さい幸せに気づけたというか、自分が出来ていることへの意識は前より持てるようになったと思います。

 

繊細で気にしすぎる自分への対処法

最近始めたのが、繊細で過敏な自分への対処。

 

例えば、相手が怒っているわけがないのに、

 

「今、もしかして怒っているかな」

「気を悪くさせちゃったかな」

 

と気にしすぎることもまだまだあります。

 

これまでは、気になることがあるとネガティブ思考で頭がいっぱいになっていたので、

 

「今、もしかして何か悪いことしちゃった? 」

「何か気に触るようなことがあったかな?」

 

と、相手に聞いてみることを最近は意識するようにしています。

 

そうやって聞いてみると、だいたい「何もないよ」って言われるんですよね。

 

「なんか不安かも」となったら、わけもわからず「ごめん」って言うのではなくて、率直に聞くようにしたことで取り越し苦労は減ったように思います。

 

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ゆとりが生まれたお金の考え方

会社にいたときは、「今月の給与はこれです」とボーンとうん十万円が毎月振り込まれているのが当たり前でした。

 

とてもありがたいことではあるものの、

 

「こんな額をもらったけれど、自分に果たしてこんな価値があるのかな」

 

と思ってしまうこともありました。

 

その点、今は自分がやったことにどれくらいのお金が発生しているのか見えやすくなり、私にとっては安心にもなっています。

 

逆も然りなんですけど、「これしか貰わなかったけど自分ってこのくらいしか価値がないのか」とか。

 

そういったお金の流れが見えるようになったことも成長だし、楽しくなった部分だとは思います。

 

お金はあるに越したことはないけど、必要以上に無くてもいいと思っていて。

 

例えば、一般的に新卒の手取りって20万ほどって言われるじゃないですか。

 

でも、その金額が生きていくためになんで必要なのかって考えたこともないですよね。

 

なんなら、せっかく稼いだお金が、飲み会などの交際費に消えたりするのは不毛だなと。

 

ぶっちゃけ、月5万くらいで生きているので今の生活にそこまでのお金は要らないですし。

 

自分の生き方として、

 

・なんでそのお金が必要なのか

・なんで東京を選ぶのか

 

ということを掘り下げていけば、実はそんなにお金って要らないのかもしれないって気づくこともあります。

 

そういった意味で、お金に対する考え方もだいぶ変わりましたね。

 

「この金額があれば、自分は生きていける」

 

というのが分かると安心につながるので、スプレッドシートでお金の出入りや予算はチェックするようにしています。

 

スプレッドシートで見える化されることで、生活や思考にもゆとりが出てきているように思います。

 

なにより無闇に頑張らなくて済みますし、どれくらい頑張ればいいのかも見えやすくなるので、お金の見える化で見通しを知ることはオススメです。

 

『小さな世界と大きな世界』

自分と向き合ったときに、

 

「小さい自分でいいんだよ」

「このままでいいんだよ」

 

って言っている自分もいるけど、

 

「本当は大きくなりたい自分もいるんだよね」

 

と思っている自分にも気づくことがあります。

 

だから、「小さいままでいいんだよ」と現状をただ認めてあげるだけなのも違うように思っています。

 

例えば、「こんなことをしたい」といった自分の思いに対しても、

 

「そういう大きな思いも持ってるじゃん!」

 

と、大きな思いを持つことを含めて、自分を受け入れることを大切にできるようになっていると思います。

 

「小さくていい」

「頑張らなくてもいい」

 

それだけにずっと囚われる必要は逆にないんじゃない? と。

 

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頑張ろうと思ったなら頑張ったっていいし、無理がない範囲だったら大きい思いを目指してもいい。

 

やりたいことも変わるだろうし、それはそれでしっかり認めてあげられるようになったら、より楽に生きられるかなと思っています。

 

やっぱり書くことが好き

最近、小説を書きたいと思ったり、エッセイストにもなりたいと思って、もうプロフィールに入れるようにしたんです、先に。笑

 

やっぱり、書くことや考えることが好きだし、それらは止めずに生きていこうと思っています。

 

「考えるより先に行動しろ」という風潮があるじゃないですか。

 

あの風潮に乗っかって生きるのが私には無理だって気づいたんですね。

 

私はどうやっても考えてから行動してしまうタイプの人間なので、勢いだけで行動しちゃうって基本無理なんですね。

 

「自分は考えちゃう人間」ともう分かったので、無理に考えないようにしようとするのも止めようと。

 

考えて考えて考えた結果、

 

「わからないや」

「あ、こうだったな」

「やっぱり違ったな」

 

と気づいて、必要であれば変わればいいし、考えてしまう自分を無理に変えなくていいかなと。

 

思考ノートに自分の考えを書いたりとか、最近では朝日記をやっていますが、

 

「自分の思いを書くことで表現して、お金という対価を貰えるようになる。」

 

そんな存在に、ときに回り道をしながら一歩一歩進んでいけたらいいなと思っています。

 

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近藤雄太郎

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  • 本記事は2019年5月7日に公開されました。現在の状況とは異なる可能性があることをご了承ください。