母親や義父、小姑との関係に疲れた…状況を改善するためには?

加藤たかこ

回答者
加藤たかこ
臨床心理士

ご質問

① 10年以上、自己嫌悪や罪悪感(生きてて申し訳ない)、不信感、焦燥感、不安感、希死念慮に苦しんでいます。

 

死にたい(殺されたとか、癌とか羨ましい) と思うときは、ずっと続くので、とても辛いのです。

 

2017年夏頃、心療内科の医師に寛解したと言われて、パキシルの投薬を打ち切られました。

 

同年11月末にODで自殺未遂をおこし、救急指定病院に一週間入院しました。

 

退院後、心療内科の担当医師に「その様な事では今後、薬は出せない。でも かわいそうだから眠剤だけ出します」 と言われ、眠る事だけは出来ています。

 

しかし、夢を見ていることが多く、質の良い睡眠は取れていないように思います。

 

こうなったきっかけは18年前の結婚以降。

 

・義父の若年性アルツハイマーの介護
・夫、小姑(二人)のアルツハイマー病と介護への不理解と不参加
・育児(二児)
・仕事(当時は勤めていました)
・職場での心ない言葉。

 

「財産目当てで結婚したんでしょ、介護くらいちゃんとやりなよ!」と言われました。

 

心療内科に通い始めて14年経ちます。

 

現在、夫・高校二年生の息子・中学三年生の娘との四人家族です。

 

私は母子家庭で育ちました。

 

その過程で辛かった事も多くあります。

 

鬱病・解離性健忘(解離性障害の一種)があります。

 

④この状況、どうしたら良くなりますか?

 

過去、自傷(リストカット OD)や自殺未遂を三回経験しています。

自殺はよくない事は知っています。

 

生きなければいけないのです。

 

でも、辛いです。

 

小姑・母と縁を切りたいです。

 

夫の母親は夫が19歳の時に亡くなっています。

 

義父は三年前に亡くなりました。

 

義父のお通夜の席で小姑達が
「お父さんのアルツハイマーって何だったの?」「さあ?知らなーい」
と言う会話に殺意が湧きました。

 

私の母には「施設に預けたまま、結局アンタは何にもしなかったね」と言われました。

 

私が悪いのでしょうか?

回答

初めまして。ご相談を拝見しました。

 

またお返事が遅くなってしまい、大変申し訳ありませんでした。

 

長い間、強い焦燥感や不安感に悩まされてこられたのですね。

 

起きている間中ずっとそれが続くというのであれば、気が休まる暇もありませんし、「この先もずっと焦燥感が続くのか…」と、途方もない気持ちになられたかもしれませんね。

 

どんなに辛いことだっただろうかと、推察致します。

 

またその苦しみは大量服薬をされるほどの苦しみで、緊急指定病院を退院された現在も、憔悴しきっていらっしゃる投稿者様のご様子が目に浮かびます。

 

投稿者様は要因として、義理のお父様の介護や育児、仕事など、様々なストレスを抱えてこられたことを挙げられています。

 

そのどれもが1つだけでも大変なのに、いくつも重なってくるとかなりの負担になりますよね。

 

しんどい中、よく頑張ってこられたことを思います。

 

本当に頭が下がる思いでいっぱいです。

 

特に、職場での心無い言葉は投稿者様の心に突き刺さり、ご自身を深く苦しめる原因となっていらっしゃるようですね。

 

義理の父の介護を一手に引き受けたのにご主人・小姑たちにはその重圧感がわかってもらえず、さらには実のお母様からも、ご自身の苦労を否定されるかのような言葉をかけられてしまったのですね。

 

投稿者様は「私が悪いの?」とおっしゃります。

 

でも私は、投稿者様は精一杯やられていたと思いますよ。

 

介護は介護地獄とも呼ばれるくらい、家族にとって大きな負担を与えます。

 

義理のお父様を施設にお願いしたのも、断腸の思いで…ということだったかもしれません。

 

施設にお願いした方がお父様にとって良い環境を整えてあげられるから、とのことだったのではないでしょうか。

 

けれども誰にもわかってもらえなかった孤独感に、投稿者様はどこに気持ちを持っていったらいいか…と、1人深い悲しみの中にいらっしゃることが推測されます。

 

そのような中、よくぞこちらのRemeに投稿してくださいましたね。投稿者様は1人ではありません。ぜひ一緒に考えさせてください。

 

今回のご質問は、この状況がどうしたら良くなるか?とのことでしたね。

 

私は何度もご相談を読み返させて頂きながら、投稿者様の一番の苦しみは、昔の辛かった思い出がたびたび思い出されることにあるのではないかと思いました。

 

つまり、中々記憶の上書きがされなかったり、嫌だった思いを忘れたりすることができない・・ということですね。

 

けれども人間には逆説的なことがあって、「忘れよう」と思うからこそ、その気持ちに執着して忘れられないことがありますよね。

 

そのため私としては、「忘れよう」「思い出さまい」とするのではなく、

 

思い浮かんでも「あぁ、今思い浮かんだな」程度に留めること、心を向けられる「今ここ」の活動を増やしていくことで、いつの間にか忘れている時間を増やしていくことが大切なのではないかと思いました。

 

過去のことが思い浮かんだ際に「あぁ、今思い浮かんだな」程度に留めることは、マインドフルネスという治療法ともつながります。

 

これから先、投稿者様のお気持ちが少しでも明るいものとなっていかれることを、ご祈念しております。

 

応援しています。

シェア
ツイート
はてブ
あとで見る