死にたい気持ちは消えなくてもいい。うつ経験者が伝えたい12のこと
目次
死にたくなるのは病気のせい
私もうつ病で苦しんでいたとき、「死にたい」気持ちが毎日消えませんでした。
つらくてつらくて仕方なかったのですが、「死にたい」なんて口にしたら、まわりの人がショックを受けるだろうと思って、なかなか言うことができませんでした。
そんなときに心がけていたのが、死にたくなるのは自分が悪いのではなく、「病気のせいだから仕方ない」と思うようにすること。
自分を責めると、どんどんつらくなってしまうので、「病気なのだから仕方ない」と理由をつけて、あえてその気持ちを正当化するようにしていたのです。
死にたくなるのはつらかったけれど、「病気のせいなんだ」と思うと、少し気がまぎれるような気もしました。
実際に、うつ病の診断基準の中には、症状として「死についての反復思考」などの死に対する感情などが書かれているので、その考え方は間違ってはいなかったのでしょう。
死にたくなるのは、病気のせい。
そういう気持ちがあるからといって、あなたが悪いわけではありません。うつ病という病気が、ちょっと悪さをしているだけ。
病気が回復してくれば、その気持ちは少しずつ消えていくはず。
いま苦しんでいる人も、そうやって考えながら、1日1日を生きていてほしいなと思います。
もし死にたいと言われたら?
うつ病の患者さんを支える家族の立場からすれば、「死にたい」なんて言わないでほしいと思うのではないかと思います。
大事な人がそんなことを言うのは悲しいことですから、そう思ってしまうのも当然のことでしょう。
でも、ちょっとだけ知っておいてほしいことがあります。
それは、「死にたい」気持ちを1人で抱えたままでいるのは、とても苦しいことだということ。
「死にたい」という言葉の裏には、「死にたいくらいつらい」という気持ちが隠れているんじゃないかと、私は考えています。
そのつらい気持ちを誰かにわかってほしいし、知ってほしい、助けてほしい。そんな人は少なくないと思うのです。
その気持ちに共感できなくてもいいので、そういう状況なんだと知ってもらうだけでもいいのではないでしょうか。
「死にたい」と言われたときの対処方法については、ここでは触れませんが、うつ病とはそのような病気なんだと理解してもらえたら、本人も家族も少し楽になるんじゃないかな、と思います。
「比較」が私を苦しめる
うつ病で療養している間、ずっと誰かと自分を比較するのをやめられずにいました。
朝起きたら、
「家族や世の中の人は職場へ出勤しているのに、どうして私はできないんだろう」
近所の小学生の声が聞こえたら、
「小さな子でもこうして学校に行っているのに、どうして私は何もできずにいるんだろう」
隣の家から掃除機の音が聞こえたら、
「家事をしている人もたくさんいるのに、家にいる私はどうして家事もできないんだろう」
SNSなどで友人の近況に触れたら、
「同年代の人たちはどんどん先に進んでいるのに、どうして私は立ち止まってばかりなんだろう」
他人と比較する以外にも、過去の自分と今の自分を比較して、苦しむこともありました。
「昨日はできていたのに、どうして今日は何もできないんだろう」
ことあるごとに、そんな考えが毎日頭の中に浮かんでいました。
うつ病ですし、落ち込みやすくなるのは仕方ないことだと思います。
でも、些細なことですぐに憂鬱になってしまうのは、かなり苦しいことでした。
自分のことを「できない人間」と考えてしまい、生きる価値がないような気がしてしまっていたのです。
そんな他人との比較に疲れてしまった私は、ある日ふと、
「病気なのだから仕方ないと割り切ろう」
と考えました。
「病気である今は、できないことがたくさんあっても仕方ない。良くなってからできるようになればいいのだ」
と、意識的に考えるようにしたのです。
落ち込んだり、憂鬱になったりすることが、劇的に少なくなったわけではありません。
けれど、そう割り切るようにしたことで、いくらか気持ちは楽になったような気がします。
できない自分は、決して悪い自分ではありません。
誰しも弱れば、何かができなくなるのは仕方のないこと。
まずはできない自分を受け入れることが、うつ病から回復するための大事な一歩なのではないかと思います。
小さなことで良いから褒めてみる
うつ病になり、自分を責めてばかりだった頃。
ふとある日、「できてないところばかりにフォーカスしてはいけないのではないか」と思い立ち、1日1つでも良いから、できたことや良かったことを探して、自分のことを褒めてみることにしました。
・昨日より少し、朝早く起きられた。
・リビングだけだけど、掃除ができた。
・思い切って散歩に行ってみたら、公園に咲いていた花がキレイだった。
・おいしくご飯を食べることができた。
そんな些細なことを拾い上げては、「今日は昨日より良かった」「小さな嬉しいことがあった」と思うようにしてみたのです。
これがうつ病の症状に劇的な効果をもたらしたわけではないのですが、つらい毎日でも「少しは良いことあるんだな」と思えるようになった点で、自分の中では進歩でした。
昨日よりできていることがあれば、病気も少しは良くなっているんじゃないかと思えて「もう少し頑張ってみよう」という意欲にも少しずつつながっていきました。
生きていることが最大の褒めポイント
とはいえ、症状が良くない日は、褒められるようなことなんて、何ひとつ見つけられない日もありました。
1日布団の中にいて、何もしていない状態で、どこを褒めたら良いんだと、自分を余計に責めてしまうことも珍しくはありませんでした。
でも、誰でも、どんな状態であっても、絶対に褒めていいところがあるんです。
それは、その日1日ちゃんと生きたということ。
うつ病の症状がひどいとき、生きていることがどれだけ苦しいことか、経験した方なら分かると思います。
そんな中でも、生きることをやめずに1日いられたというだけで、すごいことだと思うのです。
「死にたいくらいつらいけど、1日生きていられた。えらかったね、私」
私はつらいとき、自分にそう声をかけながら、次の日には少し良くなっていることを願うようにしていました。
そんな1日1日の積み重ねで、今に至ります。
調子が良くないときに、良いところを見つけるというのは、難しいことかもしれません。
でも、そのように視点を変える練習をすることが、回復した後に再発するのを防ぐためにも大切なことではないかと思っています。
うつ病を美談にしようとしなくてもいい
病気ってならないで済むのであれば、絶対にならないほうがいいはず。
お金も時間もかかるし、働けないこともあるし、たくさんの人に心配や迷惑をかけるし……
マイナスなことや、つらい思いをすることがたくさんあるからです。
私も、うつ病にならなくて済むのなら、経験したくはなかったです。
うつ病を乗り越えるのにかかった時間でできたことは、たくさんあったはず。うつ病になる前に気づくこともできたはず。
今はうつ病も乗り越えて、楽しく暮らせるようになったし、うつ病になったから気づけたこともありました。
それでもやっぱり、うつ病になった経験は必要だったかと言われると、必ずしもそうではないなと思うのです。
病気の経験はないほうがいいけれど、なってしまった事実は変えられません。
病気をどう乗り越えるか、病気とどう付き合っていくのか。そして、その経験をどうこれからの糧にしていくのかが大切だと思っています。
私は試行錯誤をしながら、どうにか、うつ病のひどい時期を乗り越えることができました。
この経験を無駄にしないために、二度と同じ思いをしないよう気をつけたり、誰かに相談されたら、精一杯のことを話したり、必要があれば、こうやって文章にしたりしています。
これは私なりのうつ病になった経験の昇華方法。
きっと、病気の経験をうまくプラスに捉えられている人たちも、たくさんの試行を重ねた結果、そう思えるようになったのではないかと思います。
うつ病になったばかり、あるいはまだ闘病中といった状況では、うつ病になったという事実をプラスに考えることは難しいかもしれません。
乗り越えられたとしても、プラスになると思えない場合もあるかもしれません。
捉え方は人それぞれですから、それでもいいと、私は思います。
うつ病を経験した人全員が、その経験を生かした何かをする必要もないんです。
まずは、安定した生活ができて、うつで苦しむ時間が少なくなることが大切・
その経験をどう捉えてどう糧にしていくのかは、その後にゆっくりと考えてみればいいのではないでしょうか。
再発しないためにしていること
私が精神科に通院しなくなって、もう3年以上。
それなりに社会の中で生きてはいますが、何かのきっかけで再発するのではないかという不安は、常にどこかにあるような気がしています。
環境の変化、仕事のストレス、季節の移り変わり…など、生きていれば心揺れる場面はいくつもあります。
その度に、「これは再発する予兆ではないか」と心配になったりするのです。
眠れない日や食欲がない日が続いたりすると、どこで受診をすべきか考えてみたり、落ち込む日々が続けば、うつ症状なのか、誰にでもある気分の変動なのか迷ってみたり。
うつ病が再発しないという保証はどこにもないからこそ、自分の変化には敏感になりますし、再発しないようできる限りの努力をしています。
ときどき見え隠れする、うつ病の影を気にしながら試行錯誤をしている毎日なのです。
そんな不安がありつつも、なんとか3年以上再発せずに過ごせているのは、それなりに理由があると思っています。
私がうつ病を再発させないためにしていることは、以下のようなもの。
気をつけていることは細々とありますが、ざっくりあげるとこんな感じです。
1.予定を詰め込みすぎない(特に夜の予定)
2.できるだけ太陽に当たる
3.ほどよく動く
4.無理をしない
5.悩みや不安は1人で抱え込まない
6.他人が気になるときはSNSを見ない
7.ダメだと思ったら諦める
これらはほとんど、これまでの経験から自分のパターンを把握した上で、気をつけるようにしていることです。
私は、夜遅くなった翌日は疲れ切って動けなくなったりするので、夕方以降の予定は多くならないようにしています。
また、在宅で仕事をしていて、ついつい家の中でじっとしがちなので、意識的に昼間に外を歩くことも、毎日心がけていることです。
こうした行動を意識することで、以前よりはストレスへの対処がうまくなったのではないか…と自分では思っています。
自分のパターンを知ることから
うつ病は再発しやすいもの。
再発しない自信が持てるくらいになれればいいのかもしれませんが、ストレスの多い社会ですから、それもなかなか難しいような気がします。
だからこそ、自分の心身のパターンを把握して、ストレス対処方法を身につけておくことが、再発を防ぐために大切なのではないでしょうか。
過去を振り返ってみると、うつ病になる前の私は、ずいぶん強がって生きていたなと思います。
「1人でも平気だし、悩みごとなんて相談しなくても大丈夫」
そんなふうに自分のことを過信していました。
実際は、もちろんそんなことはありません。
もっと人と一緒にいたかったし、話したかった。悩みも不安も、誰かに聞いて欲しかったのですが、強がっていたのでできなかったのです。
今では、なんて無駄な強がりだんだろうと思います。
その反省を踏まえてできることは、自分に素直になること。
・つらいときはちゃんとつらいと言う
・不安なときは、誰かに声をかけてみる
・できないことはちゃんとできないと言う
逆の感情も同じこと。
・嬉しいときは、相手にちゃんと伝える
・楽しいときは、笑いたいだけ笑う
・何かしてもらったときは心から感謝する
どれを取っても当たり前のことのようですが、そんな当たり前のことを我慢することが、心の中で歪みを生む原因になっているような気がするのです。
また、早めにSOSを伝えることができれば、うつ病の再発予防にもなるでしょうし、調子が悪いのを周囲に知ってもらうこともできるでしょう。
自分の感情やそのときの状態を、素直に受け入れて生きること。
それが、これからの私の軸になると思っています。
自分にあったリズムで生きる
もうひとつ心がけようとしているのが、自分が調子良く生きるためのリズム、すなわち生活スタイルを整えることです。
私は看護師として夜勤のある生活をしていたのですが、どうもそれは私には合わないんです。
寝る時間や起きる時間が不規則になると、メンタルバランスも崩してしまう傾向にあるので、病棟での看護業務はあきらめました。
現在は、自宅でライティングの仕事をしながら、規則正しい生活に整えているところ。
退職から約半年、ようやく自分のバランスが取りやすい生活リズムになりつつあるので、それを維持していくつもりです。
勤務先の都合でなかなか思い通りにならないこともあるかと思います。
しかし、できるだけ自分の調子を維持しやすい生活リズムを整えていくことが、うつ病の悪化予防・再発予防のためには大事だと思います。
どんなときも自分らしく
平均寿命から考えると、私の人生はまだ半世紀以上も残っています。
落ち込むことも、打ちのめされるような出来事も、きっとあるでしょう。
うつ病が再発してしまうことも、もしかしたらあるかもしれません。
でも、将来起こるかもしれないことを過度に恐れずに、自分らしく生きていきたいと思います。
今を大事に、自分と目の前にいる人を大切に。
その積み重ねが、私にとってのうつ病との良い付き合い方です。
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- 本記事は2017年5月7日に公開されました。現在の状況とは異なる可能性があることをご了承ください。