【第34話: 良き日】〜お父さんうつ日記〜

2017.08.17公開 2017.08.24更新
 
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この4コマは私にとってすごく思い出深い夜の出来事を描いたものです。

 

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その日の夜は、本当に久しぶりに、家族4人揃って晩御飯を食べました。というのも、第21話に書いたように、私は家から逃避していたので、家に4人集まる事がほとんどなかったんですね。

 

その日は、本当にたまたま何も予定がなくて、新しく予定を作ることもできなくて、渋々家に帰ることにした日でした(笑)

 

そしたら、母がビールを買ってきてくれて、みんなで乾杯することになりました。(本当は、投薬治療中ってアルコールはダメなんですよね…?)

 

この時のご飯は、とても印象に残っています。何か特別な事があったわけではなかったけれど、とてもゆったりした心地いい時間を過ごせました。

 

何を話したのかは全然覚えていないんですが、何も覚えていないほど、取り留めのない話をしたんだと思います。

 

病気のことも、母の気持ちも何も考えずに4人で話ができたのは、本当にこの時以外なかったんじゃないかっていうくらい、すごく特別な出来事でした。

 

素直に「幸せだなぁ」と感じられた気がします。

 

さて、先ほど私は「家から逃避していた」と書きました。

 

この連載も終わりが近づいてきているので、私がどのような逃避生活を送っていたのか、ここで書いておきたいと思います。

 

まず分かりやすく家に帰らなくていいように、ひたすら友人との予定を詰め込みました。

 

毎晩、誰かと食事をしたり、何かしらの飲み会に参加したり、人と会わないなら、大学に遅くまで残って提出期限がまだまだ先の課題をやってみたりと、とにかく直帰することを避け続けていました。

 

今の自分でも驚くのが、バイトが20時すぎに終わった後に、一人で映画館に行ってレイトショ—を見たり、バイトの後にでも誰かと飲みに行ったりするという徹底ぶりでした。

 

あ、あと友だちの家に泊めてもらって、そもそも家に帰らないようにすることもよくありました。当時の手帳に空白の日付って月に1日もなかったんじゃないかなぁ。

 

自分の逃避生活について今はどう考えているかというと、「やれるだけやれてよかった」と思っています。

 

母には申し訳なかったけれど、あの時はどうしようもなかったと思います。きっと無理やり家にいても、どうせ気持ちは塞ぐ一方だっただろうなと思うからです。

 

人と会っていたからこそ、それなりに気分転換できていた気もします。

 

ただ、やっぱり遅くに家に帰るというのは簡単なことではありません。異常にお金は掛かるし、深夜の人気のない道を一人で歩いて帰る時はいつもハラハラしていました。

 

もちろん生活習慣も乱れ、あまり「真っ当な人間」っぽい生活は送れていなかったかなと思います。

 

「家からの逃避」と引き換えに、私は「生活習慣」と犠牲にしていました。

 

これは良いとか悪いとかの話ではないと思っています。その時はたまたま、「生活習慣」よりも「家からの逃避」の方に少しだけ天秤が傾いただけ。

 

そういう時は、素直に逃げてみるのもアリなんじゃないかとおもいます。

 

とは言いつつ、きっと逃避生活に安心できてはいなかったから、家でした食事に安堵感を覚えたんでしょうね。

 

【第35話を読む】

 

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【執筆】

シブ子

 

 

 

 

 

 

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