双極性障害での仕事探し!大切にしたい5つのこととは?【松浦秀俊さん】

2018.05.07公開 2018.10.03更新
 

今日は息子が熱を出したため、午前休。子どもが寝ている合間をみて書いています。

 

昔は自分の予定が、外からの要因で変更になると気分が乱れていました。

 

しかし、子育てはイレギュラーが日常なので、良い意味で諦めてて、平常な気分で記事を書けています。

 

さて、今回のテーマは「双極性障害での仕事探しで大切にしていたこと」。

 

私は過去、いくつもの仕事を転々としてきています。

 

>>【松浦秀俊さん連載まとめ】双極性障害と仕事と「妻」視点【全7回】

 

転職3回!私の仕事探し歴

ざっと振り返ると以下になります。

 

1.新卒入社(Webショップの店長)

 

→2.独立(個人事業主、Web関連の仕事)

 

→3.転職(Web制作会社の営業)

 

→4.転職(障害者支援企業のWebマーケティング・広報担当)

 

→5.転職(うつ・双極性障害の方の社会復帰支援企業の支援員・広報)

 

(私の個人ブログの宣伝にもなってしまいますが、仕事と双極性障害について綴った14年の記録はこちらにも記載しています)

 

今の会社でこそ勤続7年目ですが、それ以外は2年続いたことがありません。

 

また、双極性障害と正式に診断を受けたのは「4.転職」の時であり、それまでは「うつ病」という認識で職を転々としてきました。

 

 

仕事探し、軽躁の好影響

これまで、5つの職についてきて、双極性障害という疾病の特性が、好影響を及ぼしたと思う点を振り返ってみたいと思います。

 

双極性障害の軽躁期は、平常の自分では思いもよらぬ瞬発的なパワーと直感力があります。

 

人によっては、「それは成果に結びつかない、価値がないもの」と評する方もいますが、私個人の経験としてはそう言ってしまうには勿体無いとも考えています。

 

※もちろん、軽躁・躁によって周囲や自分自身に悪影響を与える側面も実感しています。

 

その上で、「悪影響」のみで片付けてしまいたくないというのが当事者の想いです。

 

特に、私が軽躁の勢いで人生が大きく変わった時が2回あります。

 

(1)独立をした時

新卒入社の会社を2年で退職を決め、独立に踏み出すには、人との出会いも影響しています。

 

しかし、愛知の実家暮らしをしていた私が、単身千葉に一人暮らしする決断をできたのは軽躁があったからだと、今でも思います。

 

その後、25歳でWeb関連の書籍を個人名義で出す機会をもらえたのも(その実績が評価され3,4の転職が実現)、新卒入社の会社から飛び出す決断があったからと思っています。

 

(2)前職に転職した時

独立時に体調を崩し、実家に戻った私。

 

体調が安定して来たあとに、独立を経て転職をしますが、残業続きで再発し、1年を経たずして退職をします。

 

その時、友人の紹介で会った方から、「東京の会社に来ないか」と誘われます。

 

過去に一度、失敗した関東進出。

 

トラウマになっていたところはありましたが、ここでも軽躁の勢いと、「この会社の取り組みに関わりたい」という直感を信じ、再度関東に出てきたのでした。

 

そして、その会社に入った時の上司が、現職の代表。

 

代表は、当時部下である私が双極性障害によって安定して働けないことを目の当たりに。

 

そんな精神疾患の当事者の方々が病気の対処法や自分らしいキャリアを考える時間や場所の提供をと考え、起業を決意したとのことでした。

 

人生、何がどう関わりあって将来につながるかなんて分かりませんが、私の今までの人生は、

 

「双極性障害なくして、たどり着かなかった道だな」

 

と、振り返ってみて思います。

 

 

仕事探し、3つのNG例

過去の転職を振り返ると、良くないパターンが3つ見えてきます。

 

自分を大きく見せる

1つめは、軽躁状態で企業面接を受けると、通常の自分よりも大きく見せる傾向がありました。

 

「あれも出来ます」

「このプロジェクトはほとんど私が担当しました」

 

といった、事実よりも背伸びをしたアピールをして入社をするため、周りからの期待はとても大きなものに…。

 

最初は軽躁の勢いもあり、周りの要求に答えようと、長時間労働などでカバー出来てしまっていました。

 

しかし、しばらくして平常状態に落ち着いてくると、無理ができなくなる…。

 

「なんで自分は出来ないんだ」

「出来ない自分はダメだ」

 

と、自分を責めだしてうつ状態になり欠勤、そして休職へ。

 

悪循環を自分で作っていることを、当時の自分は気づきませんでした。

 

今、もし転職活動するなら、背伸びをしない等身大の自分を選んでもらえる会社に出会えるまで活動すると思います。

 

一人で退職の決断をした

2つ目は、上記のような悪循環に至ると、一人で思い詰めて、退職の決断をしてしまっていたことです。

 

うつの症状で視野も狭くなり、自分の殻に閉じこもって仕事の決断をすれば、安易に退職を選んでしまいます。

 

実際、私がそうでした。

 

今の会社でも、うつ症状で数日欠勤をした時に退職を考えたときもありました。

 

でも、病気のことはオープンとなっていて、調子が悪いときも相談できる環境が出来ていたので、

 

「今まで振り返ると、●●が出来てきているね」

「今は決断せずに保留にしよう」

 

といった声をかけてもらえ、今では客観的に冷静な判断ができるようになりました。

 

職場との関係を断ち切ろうとした

3つ目は、2つ目と関連するのですが、退職を決めると、その職場での人間関係を断ち切ろうとすることです。

 

「出来る状態(と自分で思い込んでいる)を見せてきたから、今の自分(調子を崩した自分)を同僚に見せるのは恥ずかしい」

 

といったプライドから、送別会を開きたいと言われても断り、関係を切ってしまうことがよくありました。

 

ただ、私も人生35年生きてきて、一番の資産は「関わってくれた人々」だと分かってきました。

 

過去、人間関係を断ち切ってきたことのもったいなさを今は実感します。

 

変なプライドは横に置き、何かから身を引くときこそ、引き際が肝心と思い、関わった人に挨拶をしっかりすることを今は意識しています。

 

 

仕事探し、5つのポイント

前職まで、1社2年以上仕事が続かなかった私が、今の職場でなぜ7年も仕事が続いているのでしょうか?

 

それを振り返ると、5つの要素が見えてきます。

 

仕事の中にある自分の「好き」

1つは、やはり仕事の中で好きな部分があること。

 

好きな部分も、人から与えられるでなく、自分自身は何が好きかを理解し、自ら好きと仕事を紐づけていくことが大切かなと思います。

 

私の場合は、「本当に良いと思えるモノを広めることが好き」という気質がありました。

 

それを活かせる場所をと考えて、Webの勉強をし、そのスキルがキッカケで広報の仕事にたどり着きました。

 

その経験を評価してもらい、現職でも支援員の他に、広報を担当させてもらっています。

 

孤立しない職場

2つ目は一緒に働く人です。

 

いくら楽しいと思える広報をしていても、前職では一人孤立して楽しむことは出来なかった。

 

誰のために仕事をしているのか見えなくなってしまいました。

 

今は同僚に恵まれ、また会社が目指す方向について語り合える人と仕事をしているので、本気で関われます。

 

また、プライベートの自分を出しても許される職場の風土も、変にオンオフを切り替えなくて良いので、負担が少なく働けています。

 

支援の仕事でも、精神疾患に至る要因の多くが「人間関係」だと感じています。

 

結局、人との関わりが仕事の大きな部分を要するので、人という要素は大事にしていきたいです。

 

チームが前提の仕事

3つ目はチームで取り組む仕事。

 

‬ ‪私は前職まで、チームではなく個人で完結する仕事をしてきました。‬ ‪

 

よって、うつ期に入ると仕事は滞り、その事に責任を感じて休みが長引き休職、退職となっていました。‬

 

‪今の仕事は、チームでお互いを補い合うことが前提になっています。‬ ‪

 

私がうつ期の時にできない業務を他の人にカバーしてもらう代わりに、自分がうつでも出来る仕事を受け持つ。

 

すると必要以上に自分を卑下することなく、結果立ち戻りも早くなる。‬ ‪

 

チームだからこそ、私の気分の波を補ってもらえている感覚があります。‬

 

無理のない仕事がある

4つ目は、自分で無理なく自然にでき、評価されることが仕事にあること。

 

めぐり合わせで、私は当事者経験という立場から支援の仕事につきました。

 

その支援の仕事の中で驚いたのは、人の話を聴く面談という業務。

 

同僚の多くは「傾聴」という、相手の視点や価値観に沿って話を聴くことを仕事として意識してやらないと大変な業務だと言っていました。

 

でも、私は生きてきてずっと、自然に「傾聴」をやっていたことに支援の仕事をしてはじめて気づきました。

 

よって、面談は私にとって無理なく自然にできること。

 

それが仕事と認識され、評価されることがとても不思議な感覚でした。

 

仕事は無理な想いをして行う大変なものと思い込んでいたので、こういった無理ない仕事があることは、継続勤務にとても大きな影響を与えています。

 

双極性障害をオープンに働けること

最後、5つ目は双極性障害を開示して働けていること。

 

私は今の仕事につくまで、病気のことをずっと隠して来ました。

 

後ろめたさを胸に秘めながら働くことはやはり、精神衛生上よくない…。

 

そして、症状が出てくると「やっぱり出てしまった」と自分を責め、辞める決断をするという悪循環に入ってしまう。

 

私自身、今の会社のサービスを利用者の立場で受けて、そこから支援員になったという恵まれた環境ではあります。

 

中々、開示できる職場環境も少ないとは思いますが、私は病気を隠さずに働くこと自体が、双極性障害の対処につながっていると思います。

 

ざっと列挙しましたが、少しでも参考になる部分があると嬉しいです。

 

>>【松浦秀俊さん連載まとめ】双極性障害と仕事と「妻」視点【全7回】

 

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松浦秀俊 双極勤めびと(双極性障害の支援員&広報)

1982年生まれ、国立名古屋工業大学卒。島根県出身、現在は東京都在住。一児の父。21歳で発症。20代で転職3回休職4回を経て、リヴァ社の社会復帰サービスを利用。後に同社入社、勤続7年目(休職0回)。精神保健福祉士。産業カウンセラー。WRAPファシリテーター。

blog: https://note.mu/mahide

Twitter: @bipolar_peer

 

 

松浦秀俊さんの連載一覧

【Part  1】双極性障害では仕事が続かない?正社員7年目のホントのトコロ

【Part  2】双極性障害の私が実践する仕事上のちょっとした工夫

【Part  3】双極性障害での仕事探し!大切にしたい5つのこととは?

【Part  4】躁(軽躁)でもうつでもない平常時の自分なりの定義と働き方

【Part  5】仕事上、双極性障害で辛い2つのことと私なりの対処方法

【Part  6】双極性障害で職場復帰までの工夫、嬉しかった職場での接し方とは?

【Part  7】妻からみた双極性障害の夫。出会い・結婚・子育て・家族としての工夫や悩み

 

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