妻からみた双極性障害の夫。出会い・結婚・子育て・家族としての工夫や悩み【松浦秀俊さん】

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はじめまして。妻です

ここ数ヶ月、夫がリミーさんに載せていただく記事をいそいそと更新していました。

 

その様子を横目に、私は「ふぅん、、なんか楽しそうだな」とぼんやり羨ましがっていました。

 

そんな折り、 「家族目線でみる双極性障害について、知りたい人も結構いるみたいだよ。書いてみる?」 と鶴の一声。

 

双極性障害もとい、生きることになんらかの困難さを抱えた人が家族にいたら、実際のところどうなのか?

 

私自身、自分の考えていることの棚卸しができる良い機会だなと思い、「ぜひ書かせてほしい」と返事をしたのでした。

 

こちらで書かせていただく内容は、あくまで我が家の「実際のところ」なので、「こういう家族もいるんだな」と思っていただけたら幸いです。

 

 

夫と出会ったときの印象

今では「双極性障害の当事者として、役に立てることがあれば発信しよう!」 とライフワークとして楽しんでいる夫。

 

そんな彼に私が出会ったのは、たまたま同じ会社に入社したからなのですが、 今から遡ること約10年前。

 

当時、夫ははたから見て、疾病からくるアップダウンに振り回されてきたことなど想像できない、 仕事にやる気溢れるいちビジネスマンでした。

 

いつも周りを笑わせようと、面白いことを言っては場を盛り上げる明るい人。そんな印象でした。

 

 

夫が双極性障害であると知る

入社して間もなく、私は別部署に配属され、夫に職場で会うことはほとんどありませんでした。

 

ただ、規模の小さい会社でしたので、社員のほとんどが顔見知り。 最近その人が何をやってるか、どんな調子か、すぐに伝わってくる環境ではありました。

 

夫も相変わらず、元気にやっている…という話を人づてに聞いていましたが、 そんなある日、どうやら体調を崩したらしいことがわかりました。

 

その時は特に深く捉えることなく、「そんなこともあるよね〜、にんげんだもの」程度の感想でした。

 

その後、詳細は覚えていませんが、 何かのタイミングで夫が双極性障害であることを知りました。

 

そして紆余曲折あって、最終的に夫は退職の道を選びます。

 

 

表面的には変わりないものの

夫が会社を辞めた後は、当時の彼の上司が立ち上げた会社に、利用者として行くような話も聞いていました。

 

休職や体調の上下があったことも聞いていたので、「あぁそれはとても良かった、安心だな」と思った記憶があります。

 

当時は仲の良い社員同士で遊びに行くことがあったので、 退職後、体調が良い時には彼も参加していました。

 

ある日はフットサルの集まり。久々に見た彼は表面的には変わりないものの、 とてもテンション高く、ボールを追いかけている姿が印象的でした。

 

通常ならそれを見て、「元気になったんだね〜」と思うところなのかもしれません。

 

ただ、彼が双極性障害であると知っていたので、

 

「あれはきっと、躁の状態というやつだな…」

「周りにいる人は大変だろうなぁ…」

 

と遠目に見ていました。

 

仲が良かったといっても、個人的にではなく他の人も混ざってなので、かなり他人事。

 

まさか、今それを振り返る時が来ようとは… 人生とは因果なものです。

 

 

「遠くの他人」から「夫」へ

夫と私がお付き合いを始めたのは、そこから何年も経ったあとになります。

 

つまりは双極性障害があることをわかったうえで、でした。

 

「付き合うことや結婚するのに躊躇しなかったか?」

 

と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、 正直あまり深く考えてなかったです。

 

私自身、働くうえで体調を崩した経験があり、 彼は理解してもらいやすいだろうと、安心感があったといえばそれらしい感じがします。

 

が、すべてはタイミング、縁と思って生きているので、 理由はこじつけです(笑)

 

そうこうして、結婚に至りました。

 

 

うつと躁のアップダウンで

すべてはタイミング、縁などと言っておきながら、「あぁ、これは一筋縄ではいかんぞ」と思ったのは結婚後。

 

温厚で、ユーモアがあって、いつでも誰とでも仲良く、 軽快にコミュニケーションができるというのが、結婚前の夫のイメージ。

 

そこからのギャップ(見えていなかった部分)が一緒に生活する中で明らかになっていったのでした。

 

うつ寄りの時には、

 

・部屋にこもりっきってご飯も食べない

・「ああ」「うん」などの最低限の会話

・無表情…

 

一方、躁寄りの時は、

 

・攻撃的な口調

・買い物が頻繁になる

・しゃべる量が増える

・口笛を吹く(笑)

 

具体的なサインというと、これらのことが挙げられます。

 

一番のギャップというと、 うつ期が過ぎたら軽躁になり、またうつになり… というアップダウンの繰り返しの多さでしょうか。

 

疾病によって生きることに困難さが生じている夫が、なるべく負担なく生活できるようにと考えているうちに、自分自身がアップダウンに巻き込まれそうになっていたのでした。

 

 

子育てを通じて気づいたこと

夫の体調の上下に巻き込まれそうになりながらも、 ひとつ気づいたことがあります。

 

それは、家族が大変なときほど、自分を大事に考えるということ。

 

結婚後、すぐに子どもに恵まれた我が家でしたが、 元来キャパシティがそれほど大きくない私。

 

子どもはかわいいけれども、慣れない赤ちゃんの世話に心底疲れていました。

 

何が理由かわからないけど、泣き止まない自分の子ども。

 

買い物にでていた時に、体を反らせて大泣きするわが子を ベビーカーに乗せ、鬼の形相で帰宅。

 

玄関に置いているハート型の陶器の入れ物に、思いっきり鍵を叩きつけたことがありました。

 

そんな鬱々とした日々を過ごしているときに、 自分がこんな状態では、家が楽しくない…。

 

まずは、相手(子ども)ではなく、自分のご機嫌をとることだ! と気づいたのでした。

 

子どもに気づかせてもらった、自分をいたわることについては、 すぐに夫にも言えることだと考えました。

 

 

自分をないがしろにしない

夫が大変そうにしている時には、自分がなんとかしようと頑張ろうとしていたけど、自分に余裕がなければどんどん追い詰められるだけ。

 

支えたいと思うなら、まずは自分自身をないがしろにしないこと。

 

自己犠牲の上では、家族の生活は続かない。

 

そう思うようになりました。

 

それからは気持ちが少し軽くなり、 育児休業中の収入減の経済的に不安な中(笑)、夫の体調が悪くなって会社を休んでも、 「まぁなんとかなるか」と自分の感情を仕切りなおすこともできました。

 

 

家族から見る夫の「働く」

なんだかんだアップダウンを繰り返す夫ですが、 家族として近くで過ごしている立場から見ていると、 夫にとって働くことは「なんだかいつも楽しそう」という印象があります。

 

疾病に振り回されてきた半生について、最近になって詳細を知ることができたので、 本当に大変だったんだろうな、と思います。

 

それでも、その紆余曲折(特に軽躁時の爆発的なエネルギー)が 今につながっていることもよくわかります。

 

アップもダウンも含めて人生を濃く生きていて、 それがあるからこそ生き生きしているように見えるのかなと思います。

 

 

家族としての工夫、悩み

「家族としてどうサポートしているか、工夫していることは?」というご質問をいただいたと夫から聞きました。

 

正直、私も皆さんにお聞きしたいところです(笑)

 

我が家での実践をお伝えすると、

 

軽躁のサインと思われることは伝える

最近あった出来事です。我が家では朝、洗濯物を干すのは夫。

 

ベランダに隣接している寝室にいると、軽快な口笛の音が聞こえてきました。明らかに夫の口笛。

 

なんの曲かはわかりませんでしたが、わかりやすいほど明るい曲調。眠い頭の片隅で

 

「あー気分上がってんだなぁ。。」と思ったのでした。

 

その後、本人にも伝えたところ、「口笛て!漫画!!」という笑い話になりました。

 

 

夫に自分の状態を共有してもらう

夫との普段の会話の中で、

 

「結構、今は上がっていて、ここ一週間は睡眠時間が○時間くらいなんだよね」

 

といった話をしています。

 

気分が下がっているときにも同様です。

 

それについて、私がどうすることもないですが、状態を聞くことで、不安が払拭される実感があります。

 

体調の波を完全に防ぐことはできないと思っているため、

 

・その波が大きいのか小さいのか

・どのような形をしているのか

 

といったことを共有することが最大の工夫と今のところでは思っています。

 

しいて言うなら、うつ期はあまりしゃべりかけず放っておく、 軽躁期は「きてるね~」と伝えるぐらいでしょうか。

 

あとは、専門家の活用を強く勧めることもそうかもしれません。

 

 

時に病気を客観的に面白がる

家族としての悩みについてもご質問を頂戴したことを聞きました。

 

これまでつらつらと書いてきたとおり、結婚はタイミングと思っていたのですが、いざ家族になってみると、「(疾病について)あー軽くみてました!どうしよう!」 が正直な気持ちでした。

 

子どもから教えてもらったことで、気持ちを持ち直すことはできましたが、 それでも生活上、大変なときはあります。

 

ただ、夫に双極性障害があることによって、とらざるを得ないコミュニケーションの場も生まれるわけで、家族がチームになることに、少なからず疾病が貢献してくれていると思ってもいます。

 

(「こうしてほしい」は言わないとわからないぞ、と夫に声を大にして言いたい!)

 

我が家はまだまだ結成して間もないチームなので、 これからもたくさんの困難と、そこから得る教訓や工夫を続けていきたいと思います。

 

そのためにも、先ほど書いた例のように、時に病気を客観的に面白がってもよいでのはと思っています。

 

 

自分の人生は自分が生きる

とりとめもない話を書いてきましたが、 この記事をまとめるにあたって、一番自分が何を言いたいか考えたとき、

 

生きることに困難さがある人を抱える家族ひとりひとりも、自分の人生を生きることを考えてほしい (というか自分自身、そう考えたい) ということでした。

 

近しい存在が大変な状況になっていれば、自分も影響は受けるし、 時に「この人(この子)のために」自分の人生を使いたいと思うこともあります。

 

しかし、あくまでその人の人生はその人が生きるもので、 家族には家族の人生がそれぞれにあります。

 

自分のことを大事にし、いたわったうえで、

 

「この人のためにできることは何だろう」

「この人とできることは何だろう」

 

と考えるほうが楽しいのでは、と個人的には思っています。

 

長々と書いてきましたが、現段階で私が思っていることを たな卸しさせていただく機会をいただき、リミーさんに感謝申し上げます。

 

夫にもあとで一応、ありがとうと言っておこう(笑)

 

【書いた人】松浦さんの奥さま

 

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松浦秀俊 双極勤めびと(双極性障害の支援員&広報)

1982年生まれ、国立名古屋工業大学卒。島根県出身、現在は東京都在住。一児の父。21歳で発症。20代で転職3回休職4回を経て、リヴァ社の社会復帰サービスを利用。後に同社入社、勤続7年目(休職0回)。精神保健福祉士。産業カウンセラー。WRAPファシリテーター。

blog: https://note.mu/mahide

Twitter: @bipolar_peer

 

 

松浦秀俊さんの連載一覧

【Part  1】双極性障害では仕事が続かない?正社員7年目のホントのトコロ

【Part  2】双極性障害の私が実践する仕事上のちょっとした工夫

【Part  3】双極性障害での仕事探し!大切にしたい5つのこととは?

【Part  4】躁(軽躁)でもうつでもない平常時の自分なりの定義と働き方

【Part  5】仕事上、双極性障害で辛い2つのことと私なりの対処方法

【Part  6】双極性障害で職場復帰までの工夫、嬉しかった職場での接し方とは?

【最終回】妻からみた双極性障害の夫。出会い・結婚・子育て・家族としての工夫や悩み

 

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